巧さんとの婚約が正式に白紙となり噂は瞬く間に広がった。

 うちの会社はかろうじて残ってはいるものの破産寸前の状態が続いている。でも私自身元婚約者のもとにいつまでもいられるはずはなく、周りからの目もひどいものですぐに会社は退職した。


 それから二か月。

 真夏の炎天下の中、東京都内にある『きもの鷹宮』の店舗に来ていた。外されていく看板を前に呆然と立ち尽くしながら、ガラス越しに見えるがらんとした店内を見た。

 美しい着物がショーウィンドウに並んでいた頃の光景を思い返し、最後の段ボールを積んだ台車を傍らに持ち手を掴む手にはぎゅっと力がこもった。

「結さん」

 道の真ん中でぼんやりとしていたらスーツ姿の男性に声をかけられる。彼はきもの鷹宮の社員で今日までの数日間一緒に店舗の閉店作業を進めていた責任者だ。

「すみません、最後の立ち合いまで手伝っていただいて」
「いいんです。ちゃんと見届けたかったので」

 結局、店舗はすべて閉店が決まった。その中でも都内の一等地に構えるこの店は小さい頃からよく遊びに来ていた思い入れのある場所だったから、どうしても手伝いたかった。

 何もなくなってしまったテナントを眺めながらぼんやりと立ち尽くす。

「私たちはこのまま帰社しますがご自宅までお送りしましょうか」

 お伺いを立ててくる男性に顔を向けた私はゆっくりと首を横に振る。