まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました

「あなたも早くお戻りなさい。式典に主役がいないんじゃ」

「弱みを握って楽しいですか」

 一方で一哉さんは冷たい言葉を吐き捨てて私に気づかず去っていく。重い空気の中に残された私は気まずく女将の顔も見れずにただ立ち尽くしていた。

「親の心子知らずとは言ったものね」
「え?」
「恨まれるのも私の役目だわ」

 一瞬とても寂しそうな表情を見た。ずっと厳しく怖いと思っていた女将の母親の顔を初めて見た気がした。

「あの、私たちの……本当に知ってらっしゃたんですか」

 何も言わず会場に戻ろうとする女将を私は咄嗟に引きとめた。契約結婚という言葉に驚きもせず、気づいていたならどうして避難しなかったのか。それでいてどうして旅館で働くことを許してくれたのか、疑問ばかりが浮かんで仕方ない。

 立ち止まる女将がゆっくり振り返って思わず背筋がぐっと伸びた。

「血がつながっていなくとも私は一哉さんの母親です。親というのはそういうものなんです」

 一哉さんはずっと誰からの愛も受けてこなかったと言っていた。でもそれならばあの女将の表情やセリフはおかしな話だ。気づいていないだけで全ては彼の思い込みなのかもしれない。

 遠のく女将の背中を見つめながら戸惑っていた。

 だってあれは愛情を持っていない母親のセリフではなかったから。ずっと見てきたからこそ自然とわかってしまうのだと、そう言っているようだった。

 式典の間は一哉さんにつれられて、ひたすら挨拶回りだった。お人形のようににっこり微笑んで隣にいるだけでほとんど話していたのは一哉さんなのに、裏で椅子に座った途端どっと疲れがきた。