まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました

「結さん、少しは食べてください」
「無理、もう緊張で何も喉を通らないの」

 とうとう迎えた式典当日。

 この契約結婚を締めくくるメインイベントが待っている。

「でもここのところほとんど食べてないじゃないですか。これじゃお体が持ちませんよ」

 彩乃ちゃんに困った顔をされながら、女中さんたちに着物を着せられる私は帯をきつく締められる度に嗚咽して緊張はピークに達していた。

「結婚式のとき以上に人が集まるなんて聞いたら気が気じゃなくて、今にも吐きそう」

 京都から戻ってからこの一ヶ月、粗相のないようにと来賓の方々の情報を端から叩き込まれたり、また一から礼儀作法の特訓もさせられたりと女将の厳しい指導があった。

 月島リゾートの社長に就任してから初めて会う人たちも多く、旅館の記念パーティーと言えど彼の晴れ舞台でもあるため私が失敗するわけにはいかないという重圧に押し潰されそうになっていた。

「大丈夫ですよ。いつも通り振る舞えば結さんなら無事乗り切れます」

 にっこり微笑む彩乃ちゃんの顔を見て少しホッとした私は深く息を吐いて落ち着きを取り戻す。無事乗り切るということは一哉さんとの別れを意味している。それでもやり遂げなければいけないという複雑な思いの狭間で揺れ動いていた。

「結、行こうか」

 鏡越しに私を迎えにきた一哉さんと目が合いこくりと頷く。彼の元へとゆっくり近づいていったら、どことなく寂しそうな顔で笑ったような気がして胸がきゅっと苦しくなった。