まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました

「一哉さんのお母さんがどんな思いをされていたかはわかりません。でも少なからず私は不幸じゃなかった。一哉さんの妻になれて幸せでした。たとえ一年だけでも一哉さんと結婚できてよかったって心の底から思ってます」

 驚いたように目を丸くする彼にこの気持ちが本物だと伝えたかった。

 この結婚生活が彼の過去の一部になるのなら、いつ思い返しても良い思い出だったと言えるような記憶として残ってほしい。

 不幸にしてしまったと後悔するような嫌な思い出にはなってほしくなかった。

「この先私が過去を振り返って何を後悔したとしても、一哉さんとの結婚だけは絶対に後悔しません」

 今までどんな思いをしてあの家で生きてきたんだろうか。弱い姿を見せられる場所もなく、甘えられる人もいなかったんじゃないか。

 体調を崩して傍にいただけであんなにも穏やかな顔をした一哉さんを思い出す。

 もし私の存在が少しでも気を張らずにいられる場所になるのだとしたら、そうなりたいとさえ思うようになっていた。

「相変わらず出会ったころから変わったやつだな」

 フッと笑い部屋に入ろうとする一哉さんの手が離れたとき、私たちの中のカウントダウンが始まったような気がした。

 遠のく後ろ姿は別れを表し、踏み込み切れない距離感が見えない壁をどんと目の前に落としていった。