まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました

「母親は親父に利用された挙句、愛人だからって旅館を追い出されて仕事も失った不幸な人生だよ」
「じゃあお母さんとは一度も?」
「いや。小学生の時、病気でもう永くないと連絡を受けて若葉さんに連れていかれた」

 そう言った瞬間わずかに彼の手が震えた。

「最期に顔が見られてよかった。そう言い残してゆっくり俺の頬から滑り落ちていった手の感触を今でも忘れない。記憶の中にいる母親は弱って病室で横たわっているかわいそうな姿だけだ」

 震えをおさえるようにぎゅっと両手に力を入れ握りしめているのを見たらどうしようもなく私まで苦しくなってくる。

 『病院は嫌いだ』と言った彼の言葉が急に思い出され、無理してでも自宅に帰ろうとしていたあの日の理由が少し分かったような気がした。

「俺には家族も結婚も普通の幸せが分からない。月島家の血を引くという理由だけで仕方なく引き取られた愛人の子供は、親父からも誰からも愛情を受けてこなかった。そんな男が家族を持ったって相手を不幸にさせるだけなんだ」

 ずっと一哉さんは冷たい人なんだと思っていた。仕事人間でどこか人に対して冷めたところがあると感じていた。

 でも本当は優しさに溢れた温かい人だ。

「でも俺も同じだな。栞里との結婚から逃げるために結を利用してるんだから。やってることは最低だ」
「違います」

 気づいたら自分で自分を追い込もうとしている彼の手を私は咄嗟に掴んでいた。落ちていく気持ちを引っ張り上げようと必死で、ぎゅっと握った手に力をこめる。