「行きましょう」
私は彼のもとへ駆け寄り何事もなかったように必死に笑顔を作る。今すぐこの場を立ち去りたくてぐいっと腕をひいた。
「あなたたち!」
そのとき、大きな声がいつまでも続いていた女子トークの中に飛び込んだ。たまたま通りかかり瞬時にこの状況を察した年配の女性スタッフが小部屋に顔をつっこんで一喝したのだ。
「相馬様、大変申し訳ございません。こちらの教育がなっていないばかりにご不快な思いを」
私たちの前で深々と頭を下げる彼女の後ろからは、青ざめる女性たちの「聞かれてた?」「どうしよう」なんて言う小さな声が飛び交った。
「大丈夫です。失礼します」
私はこれ以上大事にはしたくないとその場を走り去った。迎えの車が見えて長い階段を駆け下りていくが、追いかけてきた巧さんに腕をつかまれ引き留められた。
「結ちゃん」
「いちいち気にしていたら巧さんの婚約者は務まりませんから」
彼の顔も見ず、精一杯の強がりを見せる。
「それに少し当たってます。釣り合わないのは最初から百も承知です」
ははっと笑って胡麻化したけれど内心何もおかしくなかった。でもそれくらいしなくては心が折れてしまいそうになる。


