不思議だった。
 以前の私だったら、絶対に泣いていた。悔しくても言い返せなかった。
 だけどいまは、さっきの涙は引っ込み妹の顔を見る心の余裕もある。
「わかってたよ、そんなの。二人はずっとあんたにばっかり構って手を掛けていたし、あんな状況でそれがわからない人なんている?」
 あんたは、私が気付いてるって親に聞くまでわからなかったの?
 そういう気持ちを込めて、見つめ返した。
 そうして私に対する仕返しで、親のことしか持ち出せない妹が酷く幼く見えた。
「……お姉ちゃんは、お菓子の学校に行く時にお金出してもらったじゃん。わたしは学校に行かなかったんだから、その分をお姉ちゃんから貰ったっていいじゃん」
 無理やりな理屈を吐く妹に驚く。
「製菓学校は、私が奨学金制度を使ったんだよ、自分でお金を借りて行ったの。それに、私が行った学校は……三百万も掛からなかった」
 語尾が自然に強くなる。
 三百万、と強調されて、妹は私が泣き寝入りする気はないことを悟ったようだ。
「……だから、返すってメッセージ送ったじゃん」
 今度はボロボロと泣き始めた。
 その姿を見て、子供のころ妹が泣くと、母親から私だけ責められた記憶が蘇る。
 母親に抱っこされて、なだめられる妹を私はずっと羨ましかった。
 あの頃は自分が悪いんだと何も言えずに傷ついていたけど、私は何にも悪くなかったんだ。
 妹は、こうやって都合が悪いときには泣いて私のせいにしていたんだった。 
「……お金も返して貰えない、勝手に泣いてるだけならもう帰るよ」
 お金が返ってくる可能性はほぼ無い、なら私は妹に用はない。
 一緒に居るだけで昔のみじめだった自分を思い出して、悲しくて嫌な気持ちになる。
 妹が頼んでいた分の伝票を掴む。
 私は何も注文しなかったので、そのぶんレジの横で売っている焼き菓子いくつか買って帰ろう。
 騒いでしまったことも、謝罪しないと。
「待って、ちがうの、聞いて!」
 立ち上がった私を、妹が引き止める。
「他にする話なんてあるの?」
「お姉ちゃんひどいよ、私が困ってるのに……」
 今度は顔を覆って泣き出した妹に、寒気がした。
 話がまったく通じない。自分が悪いなんてちっとも思っていない。
 このまま一緒にいたら、この異様な妹の雰囲気に飲み込まれて私がおかしくなる。
 昔の、私を叱る母親の顔を思い出して、私は伝票をテーブルに戻してすぐに店を出た。