「いねぇな」

下足ホールに着いて、ゴキが居ないことを確認してから、俺は砂月の白くて細い手のひらをそっと離した。

「彰、ありがとう」

砂月は、そう言って上履きに履き替えると、当たり前のように俺の横に並んだ。

(……さっきは驚いた)

砂月が俺と手を繋ぐ事を、あんな恥ずかしそうに顔を赤くするなんて。俺の心臓の音が砂月に聞こえてるんじゃないかと思うくらいに跳ねてうるさかった。

それに砂月に言われるまで、下足ホールまで手を繋ぐのが当たり前だったから。幼稚園からのクセみたいなもんだろう。今まで、そうやって砂月の手を引くのは俺の役目だったから。

「あの……」

教室までの階段を登りながら、砂月が俺を見上げた。

「何?どした?」

「……この間なんだけど……」

「この間?」

「うん……私が図書館に本返しに行ってて、下足で彰まっててくれた日なんだけど……その、彰と女の子が話してたの……聞いちゃって」

思わず、俺は固まりそうになった。砂月に聞かれてるとは思ってなかったから。

俺は、3日前の砂月を待ってる時に下足ホールで、一つ年上の女の子からデートの誘いを受けた。

「断ったよ」

「……うん、一緒に帰る子がいるからって、私のこと……だよね」

何だか心の中が透けてしまいそうで、砂月の顔が見れない。

「砂月以外に誰がいんだよ」

「私のせいで……彰、本当は行きたかったのかなって……綺麗な子だったし」

俺は、心の中で舌打ちした。

(何でそうなんだよ。俺は砂月にしか興味ねぇんだよ!) 
って素直に言えたらどんなにいいだろう。

「別に俺、デートとか興味ねぇし」
(違うな、砂月とのデートしか行きたくないだけ)

言葉選びに失敗したかなと思いながら砂月をチラッと見れば、砂月は神妙な顔ををしてた。

「そんな顔すんなよな、俺は憑かれるの心配だから砂月と帰りたいんだよっ」

精一杯の言葉と共に、砂月のおでこをコツンと突いてやる。

「彰、有難う」

砂月がようやく、エクボを見せて笑った。

その瞬間、また俺の心臓が波打った。
ずっと砂月の側に居たい。砂月の側で砂月の手を引くのが俺の役目だから。

それに、本当は、ゴキブリとか憑かれるとかよりも、砂月は俺のモノだって、皆に見せたいから手を引いてることを、知ったら、砂月はどんな顔するんだろう。