僕の愛おしき憑かれた彼女

「分かった、俺は中広場一旦行って、谷口先輩の来たコースを戻ってみる」

「じゃあ、彰、また後でラインいれる」

「了解」

駿介が、砂月のことを気にした様子を見せたが、そのまま走り去って行く。

「砂月、テント戻ってろ。テントからお前は出るな」

「で、でも……」

「お前が憑かれたら皆んなが迷惑すんだろ!」

口に吐いてから、自分でも呆れる位にどうしようもない奴だと思った。いつもならこんな言い方は、絶対にしない。

砂月が、自分に話せないことがあったって、全然おかしくも何ともない。

むしろ普通のことだろう。何でも俺に話して欲しいなんて、ただの独占欲だ。俺にそんな権限なんてないのはわかっているのに、俺は、自分に隠し事をした砂月を、許せない気持ちの方が大きかった。

気まずさと後悔とやるせない気持ちが入り乱れて、俺は、砂月の方を振り返りもせずに走り出した。


五分程走ったところで、中広場に到着する辺りを見渡すが、桃の姿はない。目を凝らして生い茂る樹木を目視していくが人影一つない。桃は赤いワンピースを着ていた、近くに居ればわかりそうなはずだが、桃の姿は見あたらない。

「春宮彰ー!」

「藤野!桃いた?」

藤野愛子は、肩で息をしながら首を振った。

「谷口先輩は?」

「もう一度、下流まで下ってからテント戻るって」

「砂月は?」 

愛子が心配そうに俺に訊ねた。俺は、愛子から視線を、外してから返事した。

「あぁ、砂月は、テントに戻るように言った、駿介もアスレチック確認したら、テント戻るだろうし」

「そっか、砂月も心配だけど、今は桃だね」

俺達は、先輩と桃のコースを遡っていく。

「どこいったんだよっ」

 見渡せど見渡せど樹木が生い茂るほか、動くものは何一つない。

「子供の、足でそんな遠くっ、いけないよね?」

愛子の息が上がっていた。

「藤野、このままテント戻れよ、俺ここから迂回して谷口先輩の居る川に合流するから」

「分かった、砂月も、あたしがみてるから」

「サンキュ」

背を向けた俺に再度、藤野から声が投げかけられる。

「春宮彰!そういえば、桃のことで、少し気になってることあって」

「何?」

「あ、アンタ達三人がコース決めしてた時に、砂月と三人でおしゃべりしてたんだよね、そしたら桃が、早くお父さんに会えたらいいなって話してて」

「お父さん?」

「うん、砂月の前だったし、先輩がそういうことにしてるっぽかったから、あたしは何も言わなかったんだけど……」

愛子が、時折視線を泳がせながら、言葉を選んでいるのが分かった。

「そういうことって?」

直感で藤野愛子の言うとこがわかるような気がした。鼓動が少しずつ速くなる。

「……谷口先輩のお父さん、亡くなってるんだよね」

愛子が俺の目をじっと見た。