僕の愛おしき憑かれた彼女

砂月が、屋台でベビーカステラを買って、2人で境内の端っこの松の木の下に座る。

ぱくんと一つ口に放り込んで、2人で顔を見合わせた。

「美味しい」
「うまっ」

松越しに空を見上げれば、満点の星が輝いている。

「雨降らなくて良かったよね、今年も彰と来れて良かった」

並んで座る砂月からは、やっぱり甘い匂いが、する。

「だな、夏休みといえば、やっぱお祭りだよな」

唇を持ち上げた俺に、砂月が小さな声で俺に訊ねる。

「ねぇ、彰……」

「どした?」 

「合宿……私のこと、連れて行ってくれることにしてくれて有難う」

砂月が、俺の瞳をじっと見つめた。 

谷口先輩達との陸上部の合宿ももう十日後に迫っていた。

「……憑かれないように、俺から、離れんなよ」

俺は、最後の一個のベビーカステラを砂月の口に放り込んで、砂月の手を掴むと引っ張り上げた。

「ありはと」

砂月が、モゴモゴと口を動かしながら、お礼を言う。可愛すぎて、今すぐにでも抱きしめたくなる。

「リンゴ飴、買いに行こうぜ」

そう言って、砂月の手を引いた時だった。

クシャリ、と枯葉を踏み潰すような音がして、俺が、思わず振り返ると、砂月が、足元に目を凝らしている。

「砂月?」

「彰ー……やっちゃった」

「へ?」

見れば、砂月の下駄の下に、死んだ蝉が粉々になっている。

「大丈夫だよ、元々死んでたヤツだから」

おそらく寿命を終えて、地面に転がっていたセミの亡骸を、砂月が誤って、踏み潰してしまったのだ。

ーーーーそして次の瞬間、俺の心臓は止まりそうになった。

砂月が、俺の身体にぴったりとくっついたから。

「お、い、砂月っ」

(え?砂月から俺に抱きついてきたのか?)

頭で考えるより先に、俺の心臓が爆音を立てる。砂月に聞こえそうな鼓動に、思わず俺は砂月から身体を離そうと、一歩下がった。

「彰、早く祓って」

「え?」

「セミ……踏んづけちゃって、『可哀想』って思っちゃったの」

俺を見上げた、砂月は困った顔をして俯いた。

「あ……そういうこと……」

(俺が抱きしめたいなんて思った、気持ちが通じたのかと……)

俺は頭をガシガシと掻いた。

「早く、あき……ミーン……ミーン」

ーーーー砂月が、咄嗟に口を塞いだ。

そして目を丸くしながら、砂月が俺にしがみついた。思わず、クククッと笑う俺を睨むと、砂月が頬を膨らませた。

「分かった、祓うから」

俺は、砂月が完全に憑かれる前に、砂月の細い身体をぎゅっと抱きしめる。