僕の愛おしき憑かれた彼女

 少し経って、河野さんの手元が、あまり動いてないことに気づいた。

「それって刺繍ってやつですか?」 

 同じところ辺りに、針を刺して行ったり来たりしながら、模様のような物を描いている。

「そうなの、ドレスは完成してたんだけど、刺繍だけ間に合わなくて……。あの子すごく緊張しやすいんです。だから緊張しないようにいつも寝る時に、抱き抱えている、クマのぬいぐるみの模様を刺繍してあげたくて」

俺が、模様かと思ったのはクマの耳の部分だった。河野さんは慣れているようで何度も針の角度を変えながら、すでに半分程出来上がっている。 
 
「すげー、慣れてるんですね」

「昔ね、仲の良い友達に教えてもらったの。高校三年間、同じクラスでいつも一緒だったの。器用な人でね、刺繍が上手で、明るくて優しくて、いつもニコニコしてる人だった」

「へぇー」 

この辺の高校なら、俺と砂月と一緒かもしれない。
「高校卒業してすぐ、その子が神社に嫁いでからお互い忙しくなって、大人になってからは何度かしか会えなかったな……今更だけど死ぬなら会っておけば良かった。連絡してみれば良かったな。大人ってダメだね、忙しさを理由に色々なこと後ましにしちゃって……」 

河野さんは、目線は衣装に落としたまま、
懐かしそうに微笑んだ。

「あなたや砂月ちゃんは、こんな後悔しないように、会いたい人にはちゃんと会って、伝えたい気持ちはしっかり伝えてね。明日が必ず来るなんて誰にもわからないからね」

俺の目を真っ直ぐに見て、静かに河野さんが言った。

当たり前のことなのに、河野さんに言われると現実がずしんとのし掛かる。

ーーーーそう、俺に明日が来るなんて誰にもわからない。勿論砂月にも。ちゃんと、砂月に伝えれるうちに伝えなきゃいけない。

うまく言えなくても伝えられなくても。

言葉にしなきゃ、後悔するから。