海を渡って届いた手紙に、パレマキリアの皇帝は仕方なく目を通した。
 普通ならば、封も切らずに捨ててしまうような外戚からの手紙ではあったが、デロスからというのが気になり、封を開けてみただけだった。
 ずいぶん前の皇帝の皇后、つまり皇帝自身の直系の先祖がタリアレーナから嫁いできた皇后だった事は歴史の時間に聞いたことがあったが、まさか、大恋愛の末、タリアレーナの侯爵の身分を捨ててデロスの伯爵になっていたとは、考えたこともなかった。

 縁(えにし)というものは不思議なもので、その伯爵家の跡継ぎがデロスの緋色の真珠と呼ばれる王女アイリーンの元婚約者であったとは、話ができすぎているなと思いながら皇帝は手紙をめくった。
『パレマキリアは六ヶ国同盟からのデロス不可侵の申し入れを完全に無視した挙句、和平条約締結の条件にアイリーン王女が嫁パレマキリアに嫁ぐことを要求しております。どうかデロス不可侵の申し入れを無視し、堂々とデロスに侵攻した上、王女を嫁がせ身柄を人質として預かろうとするパレマキリアに対し、六ヶ国同盟から何らかの調停、ないしは、制裁を行うよう働きかけていただきたく、お願い申し上げる次第でございます』
 手紙を全部は読まず、重要なところだけ目を通して封筒に戻すと、皇帝は楽しそうな笑みを浮かべた。
「陛下、何か良いお知らせでございますか?」
 側近の一人が問いかけ、皇帝は更に生き生きとした笑みを浮かべた。
「機は熟した。デロスの緋色の真珠をこの手にする時が来たのだ」
 皇帝は言うと、姿絵しか見たことのない、まだ幼い雰囲気をもっていたアイリーン王女が成人した姿を思い描いた。どれほど美しく、魅力的になっただろうかと。
 美しいストロベリーブロンドの髪、純粋なデロスの民であることを証明するイエロス・トポスの民と同じ日焼けをしない透けるような白い肌。今年成人したばかりの華奢な体を寝台に組み敷き、何も知らない純粋な姫に大人の女としての喜びを教え、蝶が蛹から羽を広げて飛び立つように、無垢な姫を艶やかな大人の色気を宿した妃に変えていく。
 想像するだけで、ついぞ感じたことがないほど胸がときめいた。
「陛下、お返事はいかがいたしましょうか?」
 侍従が妄想にふける皇帝に問いかけた。
「確かに承ったと。それだけでいい」
 皇帝の返事を受け、侍従が手紙をもって下がっていった。