でも、いくら騎士団副団長という地位があり男爵という身分はあっても、所詮は臣下に過ぎないお父様にはささやかな抵抗はできても、結局断ることができない。このゼイレーム王国では身分制度が徹底されていて、上の位階の人に逆らうことはほとんど不可能。
ましてや、王位継承権のある王子は主君とほぼ同じ。

近衛騎士の叙任が近いお父様の立場や家の未来を考え、わたしも逆らうわけにはいかなかったから、泣く泣く婚約を了承した。

王宮では、身分が下の者は上の者に声をかけてはいけない。だからわたしもレスター殿下に自分から話すこともなく、彼は上機嫌でペラペラと一方的に話して満足するだけ。お返事は「素晴らしいですわ」「はい」「さすがレスター殿下ですわ」の3つで相槌を打てばいいだけ。

そして、レスター殿下がわたしを見初めた1ヶ月後の国王陛下の記念式典で、3つの頃から婚約者だったソフィア公爵令嬢に婚約破棄を言い渡したのだ。

あのときはさすがに大騒ぎだった。

将来の王妃となるべく最上級の教育を受けてきたソフィア公爵令嬢を捨てるとは、と誰もが信じられなかった。わたしも聞きかじりのにわか知識しかなかったけれども。間近で見たソフィア様は、艶やかな青い髪をゆったりと結い上げ、少しきつそうな顔立ちだけどとても美人。所作も振る舞いも、貴族令嬢として完璧だったと思う。

婚約破棄を言い渡されても、感情を露わにせずあくまでも冷静に対応されていて。「泣きもしないとは可愛げがない!」と喚くレスター殿下と、どちらが年上かわからないくらい素晴らしい女性だった。