気がついたら、真っ暗な闇の中、わたしの前に美しいご令嬢が立っていた。そこで、先の言葉を告げられたのである。

 わたしが殺そうとしたアヤが、なぜかわたしの前に立っていたのである。
 彼女は、わたしに話しかけてきた。

 そして、彼女が消え去った瞬間、世界が明るくなった。

 目を覚ますと、自分がふかふかの寝台に横になっていることに気がついた。

 上半身を起こしたとき、わたしは自分が生きてそこにいることを知った。

 わたしはときを遡り、七歳のアヤ・クレメンティになっていた。
 
 アヤは禁術を駆使し、わたしを自分の体に憑依させたのである。

 聖女様も、怒らせれば怖いのである。

 それ以降、アヤとわたしの同居生活がはじまった。

 アヤ・クレメンティの体に二つの魂、二つの精神の同居、である。もっとも、アヤはほとんど出てくることはない。出てくるのが、そう簡単ではないらしい。最初の頃はわたしが馴染めておらず、精神状態もよくなかったので、よく会話をすることが出来た。それも、わたしが馴染んでじょじょに力をつけてゆくと、彼女が出てくる回数が減ってしまった。

 だけど、いつもいる。彼女は、わたしの中でわたしを見守ってくれている。それを感じることが出来る。それだけで十分である。
 それに、わたしがやるべきこと、やらなければならないこと、やってはいけないことは彼女が記して残してくれている。

 彼女は、何度か殺され、何度か人生をやり直している。逆に言えば、やり直しの人生でかならず殺されている。

 つぎこそは、生き残る。死亡エンドではなく、人生を少しでも長く謳歌したい。彼女はその想いを胸に、試行錯誤しながら人生に挑むのだが、その都度失敗してきた。

 その結果が、これである。自分一人の力ではムリである。だから、死ぬはずだったわたしに協力してもらおうというわけ。

 アヤの一度目の人生は、舞踏会で王太子から聖女失格の烙印を押され、その上婚約を破棄されたショックで、その夜にみずからの命を絶ってしまった。

 二度目の人生は、聖女失格の烙印を押されて婚約を破棄されても、彼女は頑として受け入れなかった。当然、婚約破棄を認めなかったし、偽聖女の件も否定しまくった。その上で、逆に王太子と義姉の不貞を責めた。ついでに、義姉こそが偽聖女だと弾劾した。

 それが王太子を激昂させ、その場で投獄、断罪されて処刑された。

 三度目は、舞踏会ではおとなしく受け入れ、その場をやりすごした。その後、屋敷にいったん戻ったときに幼馴染のブルーノがやって来て、自分の屋敷に来ないかと誘われ、そこに行って彼に殺された。

 四度目がいまの状況である。

 ところが、それだけじゃない。まだある。五度目、六度目がまだ続くのである。

 そして、彼女のループも七度目を迎えたというわけ。

 アヤは六度目までの死を回避したがっていて、いまのところはクリアしている。このまま五度目、六度目の彼女の死亡エンドもやりすごすつもりである。

 問題は、その後である。

 それ以降、どうなるかわからない。

 だけど、見方によってはなにものにも縛られず、あたらしい自分なりの人生をあゆめるということである。

 彼女とわたしにとってよりよい人生を歩み、出来れば彼女にしあわせを満喫してもらいたい。しあわせなスローライフを送りたい。というよりかは、わたしがしあわせを満喫出来たら、わたしの中のどこかにいる彼女もしあわせになるはず。

 そこまで出来れば、彼女に借りを返せる。
 
 わたしの魂を救い、彼女の体をあたえてくれた、という借りを返せる。

 瞼を開けた。

 ダメね。どうやら、意識が飛んでいたみたい。

 アヤとして、淑女として過ごしている間に、すっかりたるんでしまったのね。

 これからは、聖女の力よりもわたしの暗殺者や娼婦だったときのスキルの方が役に立つ。

 しっかりしなきゃ、よね。

 おバカさんは、まだ汚らしい床上で鼾をかいてぐっすり眠っている。

 窓を見ると、夜がしらじらと明けつつある。

 わたし自身、おバカさんに何かされたわけじゃない。その前に、わたしが彼を酔い潰しちゃったから。

 だけど、たしかにアヤは四度目の人生で彼に弄ばれ、殺されてしまった。

 彼女が彼を許したとしても、わたしは聖女のような寛容さも慈悲も持ち合わせてはいない。

 妥協はするかもしれないけれど。

 というわけで、軍用ナイフを鞘から抜いた。