翌日、マリオといっしょに皇都から去る旨を皇太子殿下とヴァスコに伝えた。

 そのときになって、皇太子殿下はマリオにその地位を譲るつもりだったことを告げられた。

「マリオ、このままきみがこの地位に就くべきだ。婚約者も得たのだから、これでわが国も安泰だ」

 皇太子殿下は、隣にヴァスコを従えて執務室の机の前に立っている。

 マリオは、椅子から立ち上がりつつ首を左右に振った。

「人には器というものがあります。おれのそれは、妻や子どもたちを全力で愛し、守り、しあわせをあたえることです。それ以上でも以下でもありません」

 彼は、隣に立つわたしの手を取った。

 二人で執務机をまわり、そこから離れた。

「この地位は、あなたにこそふさわしい。アヤとおれは、その手伝いをしただけです」

 それから、本来の席に就くよう皇太子殿下を無言で促した。

「わたしは、そうだな。後継者を残すことすら出来ない」
「ええ、なんとなくわかっていました。ですが、いいじゃないですか。養子を迎えるという手段もあります」

 思わず提案していた。

 いつだったか、気がついてしまったのである。

 皇太子殿下とヴァスコが恋仲である、ということに。

 ヴァスコは献身的だし、皇太子殿下は甘え上手なようだし、素敵なカップルだとつくづく感じている。

 だけどやはり、皇太子殿下という地位にあっては、さまざまな意味で二人の関係は多難だろう。

 それでも、二人なら乗り越えていけるんじゃないかしら。

 そう信じている。

「そうか、なるほど。アヤ、きみとマリオの息子を養子に迎えるという方法があるな」
「それはダメです」
「それはダメです」

 マリオと同時に拒否してしまった。

 ヴァスコが笑いはじめた。当然、わたしたちも笑ってしまう。

 このまま皇太子殿下が皇帝になってつつがなく治世が続けば、もしかするとわたしたちの子どものだれかが養子にならなければならないかもしれない。

 だけど、いまは何の約束も出来ない。いいえ。したくない。

「それで、きみたちはどうするんだ?」

 ヴァスコの問いに、マリオと顔を見合わせた。

「とりあえず、偽侯爵の古城に行くつもりです。元婚約者のことはともかく、祖国の多くの人々にはなんの罪もありません。このままだと、祖国が滅びるのも時間の問題です。戻り、出来る範囲で守護を再開したいとかんがえています。もちろん、国境地域ですので、この国の守護も続けられますし」

 昨夜、寝台の上でマリオと話し合った。

 そして、わたしたちなりの結論を出したのである。

「国境だし、ヴァスコの実家も近い。あなた方に何かあれば、すぐに駆け付けます」

 マリオの言葉に、皇太子殿下はホッとしたような表情を浮かべた。

「であれば、昨日来たあのバカすぎる王太子に、昨日の非礼の詫びとしてあの辺りをわが国に割譲するよう交渉しよう。あの領土の民には迷惑かもしれないが、きみたちならうまく治められるだろう。もちろん、あのバカきわまりない王太子には責任をとらせてやる。あれだけ愚かなことをしでかしてくれたのだからな。それと、二人のレディもだ」

 皇太子殿下は、マリオと視線を合わせた。

 いまの彼の最後のレディというのは、彼ら自身の実母と同腹の姉を指しているのはいうまでもない。

 マリオは、無言のまま一つうなずいた。

 皇太子殿下もマリオも複雑な気持ちに違いない。

「では、さっそくお暇させていただきます。皇帝陛下によろしくお伝えください。聖女は、しばらく山籠もりしますので」

 冗談を言うと、皇太子殿下は笑い声を上げた。

 血色がいい。なにより、気概に溢れている。

 ヴァスコが支えてくれる。

 彼はもう大丈夫ね。

「お元気で、兄さん」
「きみもな、弟よ」

 双子の兄弟は、抱き合って別れを惜しんでいる。

 抱擁からおたがいを介抱すると、皇太子殿下は顔面を覆っている布をはずした。

「ちょっと待て。なぜ、窓から出ようとするのだ?」

 ヴァスコに注意され、自分でも笑ってしまった。

 マリオと二人、当然のように窓から出ようとしていたのである。

「この方が、おれたちらしい」

 彼が言い、結局窓から飛び出した。

 
 アヤ、またあらたな出発よ。わたしたち、今度こそしあわせになれるのよ。

 あなたの七度目の人生は、しあわせに満ち溢れている。

 だから安心してね。

 心から楽しみましょう。

 みんなでしあわせを満喫しましょう。

 厩舎に向かいながら、マリオに抱き寄せられ口づけされた。


                                                      (了)