「ヴァスコ、すまない。わたしがこんな性格だから、おまえにはいつも心配や苦労をかけてばかりだ。わたし付きの護衛のはずなのに、万事頼ってばかりいる」
「そのようなことは、いっさい気にしていただく必要はありません」

 二人の会話をききながら、強い絆で結ばれている主従だと実感した。

 というよりかは、親密すぎる気がしないでもない。

「かんがえようによっては、近衛隊の連中なら口を割るかもしれません。暗殺者は無理でしょうけどね」

 マリオが場の空気をやわらげる為に言った。

「そうね。脅すなりすかすなりしたら、ペラペラ囀ってくれるかもしれないわ。だったら、生かしておかなきゃ。マリオ、わかってるわね?」
「そのままそっくりお返しさせてもらうよ、アヤ。ってか、おれよりきみの方がヤバいだろう?」
「失礼なことを言わないで。わたしは、一応聖女なのよ」
「ごめん。もう言わないよ。だから、ぶたないで」
「ちょっと、そんなことを言ったら、わたしがいつもあなたをぶっているみたいじゃない」

 皇太子殿下が笑いはじめた。ヴァスコも笑っている。

 もちろん、わたしたちも。

 笑いは伝染してしまう。

 皇太子殿下とヴァスコは続きの間に戻り、わたしは寝台の下にもぐりこんだ。

 あとは、侵入者がやって来るのを待つばかりである。


 廊下側の扉がそっと開いたときには、気配を完全に消していた。

 愛用の軍用ナイフは、右手にしっかりと握りしめている。

 暗殺者たちは、非力なはずの皇太子殿下をなめきっている。

 彼らにしてみれば、今回のこの依頼ほどラクにこなせるものはないはずである。

 その証拠に、さして警戒もしていないし慎重になってもいない。

 彼らは扉からそっと入ってきて、フツーに寝台を取り囲んだ。

 寝台の下からさっと数えた脚の数は十六本。読みどおり、八名の暗殺者が差し向けられたわけである。

 八名でいっせいにナイフで突き刺せば、どんな肉厚な体格でも絶命してしまうに違いない。

 全員がナイフを振り上げたのを感じる。

 彼らは、寝台の上で熟睡しているはずの皇太子殿下にだけ集中している。

 もう一度軍用ナイフを握り直した。

 奇襲は一度だけ。そこからは、ぶつかり合いになる。

 タイミングを計る。

 室内にひろがる月光も、寝台の下ではその恩恵に授かることは出来ない。

 きたっ!

 申し合わせたように全員がナイフを振りおろした。

 刹那、軍用ナイフを握る手を閃かせた。とはいえ、寝台の下ではかぎりがある。

 向かって右端から二本の脛がバックり裂けた。驚くほどきれいに皮膚が斬り裂かれた。が、三本目は脛の皮膚を裂く前に、骨にあたってしまった。それでも力任せに手首を動かし続けた。

 グリグリと嫌な感触があった。が、唐突に嫌な感触がなくなった。

 そのまま脛あたりの皮膚を裂き、もう一本の脛も斬り裂いた。

 さすがは暗殺者たちね。足が二本ともかなりヤバい状態になっても、悲鳴どころかうめき声一つ上げないんだから。

 って感心した瞬間、その足の持ち主たちが大理石の床上にぶっ倒れた。

「痛いっ!痛いよっ」
「た、助けてくれっ」

 なーんだ。感心して損をしたわ。

 二人とも、泣きながら大理石上をのたうちまわっている。

「うおっ」
「ぐうううっ!」

 左側に見えていた足四本が消えている。

「な、なんだ?」
「ど、どういうことだ」

 狼狽した大声が、室内をさらに混乱に導く。

 まあ、それはそうよね。

 天蓋の上に潜んでいるマリオが、暗殺者の首にピアノ線を巻きつけ宙ずりにしているんだから。

 マリオがそんな器用な暗殺術を持っていることに、驚いてしまった。

 って、感心している場合じゃないわよね。

 寝台の下から転がり出ながら、寝台の近くにいる二人にナイフを斬りつけた。

「ギャッ」

 ナイフは、暗殺者の肩あたりにあたった。黒装束とその下にある肌を斬り裂くと、血がふきだした。

 そのときには、残る一人の反撃に備えて身を低くしている。同時に左脚を軸にし、右足は大理石の床を蹴っている。

 渾身の蹴りは、残る一人の腹部にあたった。

 いずれもマスクをしている為、顔の表情はわからない。

 わたしの蹴りをまともに食らった最後の一人は、壁までふっ飛んで行ってそれにぶちあたり、ズルズルと大理石の床にずり落ちて行った。

 うしろを振り返ってみた。天蓋の上から飛び降りたマリオが、ピアノ線で残る二人の首を絞め上げているところである。

 最初の二人は、すでに床上で伸びている。いまの二人も、それぞれの手からナイフが落ち、すぐにぐったりした。

 その時点で、彼はピアノ線を緩めて二人を開放してやった。

 わずか二、三分の出来事だった。

 マリオとわたしの完璧なる勝利に終わった。