本音ではない。ただの強がり、っていうよりかは天邪鬼な気持ちからである。

 本当は違う。だけど、彼にたいして素直になれない。彼が気があるのは、気高い美しさと精神を持つアヤなのだ。

 カリーナ・ガリアーニは、その正反対の存在。

 マリオには、その容姿など記憶の片隅にも残っていないはず。

 ましてや性格などわかるはずもない。

 わたしたちが触れ合ったのは、あの壮絶なまでの戦い一度きりだったのだから。

 彼の黒い瞳にわたしがはっきりと映っている。

 その容姿は、最高に美しい。同性のわたしですら、その美しさに惚れ惚れとしてしまう。

 ましてや男性なら……。

「きみの燃えるような赤い髪も夏の空の色の瞳も最高にクールだった。きみは、前世での自分を卑下しすぎている。前世でのきみも美しかった。アヤとは違う意味での美しさだ。野性的というのかな。おれにとっては、駕籠の中の小鳥よりも野生の猛禽の方がよほどゾクゾクくる」

 わたしの心の中を見透かしたように、彼がささやいた。

 ちょっと待って。野生の猛禽って、どういう意味なの?

 ちょっとひかっかってしまったけど、まぁ褒め言葉として受け止めましょう。

 それよりも、彼が前世でのわたしの容姿を覚えていることの方が驚きである。

 だけど、正直うれしい。

「容姿はともかく、中身はきみだろう?アヤじゃない。だから、性格はわかっている。気が強くって負けん気も強くって素直じゃなくって男っぽいってところだろう?」

 ちょっと待って。それって女性にしたら最悪じゃないかしら?

「何より、思いやりがあって慈悲深い。最高の性格だよ。だから、きみは自分自身をそこまで卑下する必要はないんだ。もっと自信を持ったらいい」

 彼は、いったん口を閉じた。

「おれは、アヤに感謝すべきだな。きみとこうして再会出来たんだから。二度殺し合ったけど、おれは、一度目の殺し合いからきみに惹かれていたんだと思う。だから、二度目のときも気になって仕方がなかった。本能的というか第六感というか、アヤの中にきみを見出していたのかもしれない。ずっと言いたかったけど、言えなかったことがある」

 そして彼は、また口を閉じた。

「カリーナ・ガリアーニ。おれは、カリーナであったときからきみのことが好きだ。いや、愛している」
「なんですって、マリオ?あなた、正気でそんなことを言っているの?わたし、あなたのことを殺そうとしたのよ。それを、愛しているって……。まさか、あなたって痛めつけられるのが好きっていう性質(たち)だったの?」

 自分でもバカだとわかっている。だけど、彼の告白が信じられない。

 アヤ・クレメンティにだったら、「愛している」という告白もわかる。わかりすぎる。

 だけど、カリーナ・ガリアーニよ。赤毛の暗殺者カリーナよ。

 彼の女性観を疑ってしまう。

 っていうよりかは、これって何かの罠?それとも全力でからかっているの?

「カリーナ、頼むから黙っていてくれ。おれは、そういう危ない性癖は持ち合わせていない。おれの話をきいていなかったのかい?きみは、自分の良さにまったく気がついていない。すごしてきた環境のせいかもしれないけど、きみはもっと自分自身にたいして自信を持っていいんだ」
「それにしたって、おかしすぎるわ。あなたほどの美形が、このわたしを?カリーナの方のわたしを?あなたこそ、自分を大切にすべきよ」
「もういい、だまれっ!」

 彼にうなるような低い声で言われたと思ったときには、フカフカの寝台の上に放り投げられおさえつけられていた。

 そう認識したとき、唇を彼のそれにふさがれていた。

 おたがいに小説のように瞼を閉じるなんてことはない。彼の黒い瞳には、あいかわらずわたしが、アヤの姿のわたしが映っている。

 そこに映っている彼女の姿は、はじめての口づけを奪われてショックを受けている少女そのものの姿だった。

 その姿を見たわたしもショックを受けてしまった。その瞬間、彼の表情が強張り同時に唇が離れてしまった。

 待って。離れないで。抱きしめ、口づけをして……。

 こんなに欲しているのに、彼のことが欲しくてたまらないのに、だけど、どこか恐怖を感じている。

 彼のことが怖いのである。
 
 雄丸出しの彼に恐怖心を抱いてしまっている。

 この恐怖心はきっと、わたしの感情ではない。

 アヤの感情に違いない。