その彼に、「そもそも自分が処刑されたのはアヤの暗殺を断ったからだと思う」と告げた。

「マリオ、あなたは正解よ。わたしもあなた同様、うまくやりすごせばよかった。だったら、あなたに狙われず、処刑されることもなかったのかもしれない」

 しばしの沈黙に身を委ねた。

 その間に、彼は石床上に置いてある葡萄酒の瓶を持ち上げ、いっきにあおった。

「わたしにもちょうだい」

 そして彼から瓶を受け取ると、同じようにいっきにあおった。

 そうしたい気分だったからである。

「黒幕はだれかな?」
「さあ。いまとなってはわからないわね。候補者は何人かいるけれど」

 彼が尋ねたのは、わたしたちにアヤの暗殺を依頼し、断ったわたしを罠にかけて処刑に導いた黒幕のことである。

「いまさらなんだけど、謝っておくわ。ごめんなさい」

 ぶっきらぼうになってしまったかもしれない。

 とりあえず、彼に謝りたかった。

 彼の頬を傷つけてしまったことを、である。

「ごめんなさいって、なんのこと?」
「決まっているわ。あなたの左頬よ。婿入り前の美形に傷をつけちゃったってこと」

 一瞬、彼のワイルドな美形がキョトンとした表情になった。

「なんだって?ほんとうにいまさら、だね。それに、頬より腹の傷の方がひどいと思うけど」

 彼は、呆れたように笑いだした。

「一応、謝っておきたかったの。あなたのことを思い出してからずっとね」
「きみはマジメだな。前に言っただろう?おれの腕がきみにおよばなかっただけのこと。だから、おれ自身が悪い。何も気にする必要はないさ。おたがい、死力を尽くしての結果だから。それよりも、謝罪するのはおれの方さ。きみを助けられなかった。気にはなっていたんだ。おれに勇気があれば、きみのように見えざる不安に打ち勝つことが出来たのなら、きみを助けられたかもしれない。すくなくとも、理不尽な策略から逃れられたかもしれなかった」

 やさしいマリオはそう言ってくれたけど、彼が言ったようなことにならないのは、わたしも彼自身もわかっている。

 わたしの処刑は免れなかった。わたしは、殺されねばならなかった。

 それがマリオ自身の手によるものではなく、処刑という形だっただけである。

「あなたも人のことは言えないわよ。そんなことを気に病んでくれて、マジメ以外にないわ。でも、ありがとう。それだったら、おたがいに過去は気にしないってことにしましょうよ。それよりも、これから先の方が大切だから。あなたにとってもアヤにとってもわたしにとってもね」
「わかった。同意するよ」

 彼が右腕をつかんできた。

「さっき、婿入り前のって言ったよね?過去は気にしないって言ったばかりだけど、もしもきみがこの頬の傷に責任を感じているのだとしたら、責任を取ってくれるかい?」
「な、なんなのそれ?」

 彼の言う意味がわからず苦笑した瞬間、彼に腕をひっぱられてしまった。

 そして、抱きしめられていた。

「簡単なことさ。おれがだれかの婿になれないのだったら、きみがおれを婿にしてくれたらいい。それだったらきみはぼくにたいしてすまなく思う必要はないし、おれも婿になれる。どうだい、いいアイデアだろう?」

 右耳に、そうささやいてきた。

「バカなこと言わないで。そもそも、あなたはアヤの方が好みなんでしょう?外見はアヤだけど、結局、アヤじゃないのよ。カリーナ・ガリアーニなの」

 彼の胸元から彼の顔を見上げ、辛辣に返してやった。