そんな彼を見つめつつ、彼のフェア精神に応えなければならないと覚悟を決めた。

 つまり、わたしの正体を明かすのである。まぁ正体、というよりかは存在といった方が適切かしらね。

 彼は、けっして汚らわしくなどない。

 非力な子どもに出来ることといえばかぎられている。過酷な環境の中で、かろうじてでも生き残る為には、自らの体でも何でも使わなければならないときもある。

 ましてや彼を軽蔑するなど、わたしに出来るわけがない。

 それどころか、反対にわたしが汚らわしく思われるだろうし、軽蔑されることになる。

 それでもいいと思った。

 フェア精神に応えるというのは、建前にすぎない。

 わたしがカリーナ(わたし)の存在を彼に告げる理由は、おそらく彼が自分自身のことを告げてくれた理由と同じはずである。

「マリオ、きいてちょうだい。それでなくっても混乱しているでしょうから、ほんとうはもっと先に、すくなくともあなたがいまの状況を飲み込めてからにした方がいいと思うの。だけど、わたしもまたあなたにたいしてフェアでありたい。それから、あなたがわたしに話してくれたのと同じように、わたしもあなただから告げたいの。あなたは、ますます混乱すると思う。それ以前に、信じられないかもしれない。それどころか、わたしの頭がおかしいって思うかもしれない。そんなふうに思われても、わたしは告げなければならない気がしているの。きいてくれるかしら?」

 彼の腕をゆっくりさすりつつ、尋ねてみた。

 そこでやっと、彼はまた石床から視線を上げてわたしと視線《それ》を合わせてくれた。

 それから、彼はしっかりとうなずいた。

「わたしは、アヤ・クレメンティじゃないの」

 そう切り出し、アヤとの関係を語ってきかせた。

 アヤは六度の人生を繰り返し、その都度死亡エンドを迎えていること。わたしは、そのアヤに魂と精神を憑依させられていること。そのわたしも、自分自身の体だったときには死亡エンドを迎え、アヤの体で二度目の人生を送っていること。

 彼女の六度の人生を参考に、死を回避している途中である。

 そういっきに告げた。

 彼にはわかりにくかったかもしれない。

 それでなくても信じられない話を、淡々と語られて理解出来るわけがない。

 それこそ、小説や芝居など創作のストーリーである。

 それと、つけ加えておいた。

 マリオはアヤの五度目の人生で、マルコーニ侯爵は六度目の人生にでてきただけど、どちらも筋書きがかわってしまっているということを。

 アヤに憑依しているわたしは、彼女から加護の力は引き継いでいたのでかろうじて行使出来るが、癒しの力は引き継いでいなかった。だけど、先程地下牢で二酸化炭素によって死にかけたとき、彼女が現れてそれを授けてくれた。だから、突然癒しの力に目覚め、皇太子殿下とマリオ(あなた)を救えたのだ。

 それらも告げた。

 彼は表情一つかえず、言葉をはさむことなく、真剣な表情を保ったままきいてくれている。

「マリオ、ごめんなさいね。あなたと皇太子殿下が知ったことの方が、よほど現実味があるわよね。いまのわたしの話、信じられるわけないわね」
「いいや、信じる。信じている」

 わたしが両肩をすくめると、彼は葡萄酒の瓶を石床上に置き、瓶を握っていた手を伸ばしてきてわたしの頬に触れてきた。

「信じるさ。きみの言った通りのことが、実際起っている。それに、きみが虚言を弄する意味もない」

 彼の瞳は、偽りを言っているわけではないことがわかる。

「ありがとう、マリオ」

 頬をなでる彼の手に自分の手を添えた。

「伝えたかったのは、このことだけじゃないの。もともとのわたし、つまり前世のわたしは、貧乏男爵の娘だった。ろくでなしの父は、幼いわたしを娼館に売ったのよ。その後のことは、あなたも想像が出来るでしょう?だから、あなた以上にわたしは穢れている。蔑まれていいわけ」

 彼の黒い瞳にわたしが映っている。

 彼の瞳は、ほんとうに黒い。まるで闇のようだけど、なぜか惹きつけられてしまう。どうしても抗えない、不思議な瞳である。

 彼のワイルドな美形には、わたしの魂と精神がアヤに憑依していると告げたとき以上に、驚きの表情が浮かんでいる。

 彼の黒い瞳が、あっという間に濡れた。

 涙があふれ、ポロポロとこぼれ落ちて頬を伝いはじめたのである。

「マリオ、いったいどうしたの?」

 慌ててしまった。

 なぜ?わたし、彼を泣かしてしまうようなことを言ってしまった?それとも、やらかしてしまった?