「いっそのこと、皇太子殿下と敵対している皇子たちが暗殺者を差し向けてくれたらいいのに。もしくは、直接毒を盛ってくるとか。その方がわかりやすいと思わない?」

 そういうやり方なら、マリオと二人で対処出来る。あとは証拠を集めさえすれば、相手を破滅させることが出来る。

 マリオとわたしなら、証拠を集めるのもお手のものだし。

「いや、ちょっと待ってくれ。たしかにきみの言う通りだと思う。だが、聖女の口からそんな物騒すぎる言葉が飛び出してくるなんて……」

 ヴァスコは当惑している。

 その当惑の表情を見て、自分が聖女どころか淑女から、それどころか人間としてどうよってレベルのことを言ってしまったことに気がついた。

 やだ……。

 失言だわ。癒しの力を使って、疲れきっているに違いない。

 たった一本の葡萄酒で酔ってしまい、つい口走ってしまったのね。

「いやだわ。いまどきの聖女は、いろいろな意味でぶっ飛んでいるのよ。ほら、この国のもう一人の聖女は、わたしの婚約者を平気で寝取っただけでなく、偽聖女だと弾劾してくるんですもの」
「そ、そうなのか?わがヴェッキオ皇国には、ひさしく聖女がいないから、そこのところはよくわからないな」

 ヴァスコはブツブツつぶやきながらカウンターを離れ、厨房内の棚や抽斗を物色しはじめた。

「もしかして、これをお探しなのかしら?」

 カウンターの足許にある抽斗を開けてみた。その抽斗は、葡萄酒の瓶を置くラックになっているのである。そこから葡萄酒の瓶を一本つかむと、彼にかかげて見せた。

「おおっ!」

 彼の顔がぱっと明るくなった。

「今日はいろいろなことがありすぎた。だから……」
「飲まずにはいられない、ということね。だけど、ほどほどにしておきましょう。殿下とマリオ、それからあなたの部下の近衛兵と馭者が葡萄酒を飲めるくらい元気になったら、あらためて飲みまくって酔い潰してあげるから」
「ちぇっ!いきなり聖女様ぶるのだな」

 すねた彼は、意外に可愛い。

 彼は典型的な騎士で武骨な感じがするけれど、笑うとえくぼが出来る。

 女性にとっては、そういうところがギャップがあってキュンとくるのよね。

 結局、その一本を半分ずつし、二人っきりの飲み会を終えた。

 彼は皇太子殿下の元へ、わたしはマリオの元へ、それぞれ行く際に地下室への扉の鍵を確かめた。その上で廊下に置いてある重いチェストを、ヴァスコが押してきて扉の前に置いた。

 偽侯爵が襲ってくるかもしれないからである。

 地下牢には外へと通じている道か何かがあるような気がする。

 偽侯爵のことである。緊急事態に備え、それなりの段取りをしているかもしれない。だから、警戒しまくっていても逆襲されてしまうかもしれない。

 だけど、そういっていてはキリがない。

 ヴァスコではないけれど、今日はいろいろありすぎた。

 正直なところ、もう頭も体も心も働きそうにない。

 これだけ備えているのである。これで偽侯爵が牢から逃れて襲ってきたとしても、それはそれで諦めるしかないわ。


 マリオの部屋に行くのに、葡萄酒とグラスを持って行くことにした。

 もちろん、ヴァスコには内緒で、である。

 彼ではないけれど、わたしも飲み足りない。少しだけ、マリオに付き合ってもいい。

 きっと彼も今夜は飲みたいはずだから。

 死にそうになったことや物理的に体に受けた傷はともかく、心の傷やダメージはアルコールでやわらげるのが一番だと思う。

 それってもしかして、わたしだけのかんがえなのかしら?

 もしかして、自分が飲みたいが為に、彼をだしにしているだけなのかしら?

 いったん自分の部屋き戻り、続きの間になっている彼との部屋の間の扉の前に立った。

 もしかしたら、疲れて眠ってしまっているかもしれない。

 それだったら、この葡萄酒は一人で飲もう。せっかく持って来たんだし、この城の主はいなくなったんだし、もう葡萄酒(これ)を飲む人はいない。

 もったいないわよね。

 そこそこのモノなのに。

 そんなことをかんがえながら扉をノックすると、(それ)がすぐに開いたので驚いてしまった。

「マリオ。あなた、大丈夫なの?ひどい顔よ」
「入ってくれ。ひどい顔で悪かったね」

 彼は、先に立って寝台のところまで歩いて行った。

 そのあとに続いたけど、扉は閉じなかった。

「そういう意味じゃないわよ。疲れきっているって言いたかったの」
「ああ、くそっ」

 彼はこちらへ体ごと向き直ると、そのまま寝台に腰をおろした。

「酒がほしいよ」
「ちゃんと持って来ているわよ。ほら」

 葡萄酒の瓶をかかげて見せた。