偽侯爵自身は、自分は戦場で死んだと噂を流しておいた。

 戦場である。顔が潰れていたり燃えてわからなかたりする死体は少なくない。噂が流れれば、さして疑うこともないはず。

 そして、彼はその女性を連れてこの国にやって来た。

 ところが、プレスティ国にやって来た二人は、王都で散々な目にあった。

 たしかにロメロ・マルコーニ侯爵は、その戦争の英雄として祭り上げられた。が、戦争が終わって平和になってしまうと、偽侯爵の性格はあきらかに上流階級の人々と合わなかった。しかも、王族に不興を買ってしまった。

 結局、辺境の地へ引き上げるしかなくなってしまった。

 しかも、いっしょにやって来た女性はこの国でも遊びまくった。さらには、さる公爵家の当主といい仲になり、女児を出産してしまった。
 
 彼は、本物のマルコーニ侯爵家の資産を食いつぶされた上に、手紙一枚で別れを告げられてしまう。

 別れを告げられたのは、辺境の地へ行く為に偽侯爵が正式に結婚を申し出て指輪まで渡した翌日だった。

 その際、彼はその女性から「伯爵と懇ろになり、女児を産んだので伯爵家に住むことになった」、ときかされたという。

 それをきいたとき、書斎でみつけた古い手紙と指輪のことを思い出した。

 同時に、その手紙の主のことが知れた。

 その女性こそ、クレメンティ公爵家の後妻、つまりアヤの義母である。

 小説にあるようなストーリーのままである。

 復讐を誓った彼は、売り渡した双子の弟の消息を調べるとともに、兄のことも把握する為に元の上司であるヴァスコの父親に近づいた。

 もちろん、顔面髭だらけのままで。あくまでもロメロ・マルコーニ侯爵のふりをして、である。 

 年月が経ち、双子の弟が生きていることがわかった。

 裏稼業、暗殺を生業としているということがわかった。

 彼が双子の弟を売った相手は、引退をした暗殺者だったのだ。

 偽侯爵は、とにかく自分を見捨てた女を不幸にしたかった。だから、まず彼女の家族をどうにかしたかったらしい。
 
 それならば、夫であるクレメンティ公爵を血祭りに、いえ、どうにかすればよかったんじゃないかしら?

 なぜ、わたしなの?

 偽侯爵は、わたしのことを彼女の実の娘だと勘違いしているのかしら?そこまで調べ上げたわりには、そこのところはおおざっぱだったのね。
 それとも、彼女に虐げられたりハメられたりしているわたしでも、彼女の義理の娘というだけで許せなかったのかしら。

 それはともかく、彼は双子の弟であるマリオを雇い、わたしを殺させようとした。

 義姉ではなく、わたしというところが残念すぎるけど。

 彼にすれば、究極の復讐劇の幕開けだったのね。

 まさかわたしが殺されずにすむなんて、偽侯爵はギルドを通じて依頼をしたときには思いもしなかったに違いない。

 それでも気になったのね。マリオの首尾を。

 領地と王都を往復していたのは、わたしではなくマリオを捜していたのかもしれない。マリオを捜しだしてから直接クレメンティ公爵や義姉を殺すよう依頼するつもりだったのかもしれないし、自分を裏切った張本人を殺すよう依頼するつもりだったのかもしれない。

 だけど、わたしは生き残った。

 偽侯爵は、わたしが生きて馬車を馭しているのを見てびっくりしたはずよね。

 まったく表情に出なかったし、そうとわからせなかった。そこは、すごいと思わずるをえない。

 偽侯爵は、プランを変更した。わたしたちを、城に招待するという作戦に切り替えた。

 偽侯爵(かれ)は、その辺りのことも語った。

 やはり、城で二人とも殺すつもりだった。そして、ヴァスコの領地に病弱な皇太子殿下が静養に来ていることをいいことに、招き寄せて暗殺しようとした。

 皇太子殿下、つまり彼を捨てた女が産んだ双子の兄もまた、彼の復讐の対象だったのである。


 暗殺者四名は、偽侯爵が直接雇ったという。そのルートまでは教えてくれなかったけれども。

 湖から連れて帰った暗殺者は、彼が直接雇ったった為に口封じが必要だった。

 だからこそ、すぐに地下牢で殺したわけである。

 例の二酸化炭素を吸わせて。


 結局、アヤの六度目の人生の最後の方も筋書きがかわってしまったのね。

 とんでもなく創作っぽいストーリーにかわってしまった。

 彼が口を閉ざしてから、やっと気がついた。っていうか、思い出した。

 この古城に来て、まだマリオの傷が癒えていないときに彼の世話をしたことがあった。

 そのとき、マリオが髪を染めていることに気がついた。

 黒色を金髪に染めているのを、黒髪に黒い瞳ってめずらしいわよねと思っただけで、さして気にとめなかった。
 
 暗殺者は、場合によっては髪を染めたり切ったり、かつらをつけたりと偽装することがある。

 まったくもう。

 わたしってば、そんなこと皇太子殿下を見た瞬間に思い出さなきゃならなかったのに。