侯爵は、これまでずっと紳士を装っていた。彼は、マリオとわたしにまったくそうと気がつかせなかった。

 彼が役者だったのか、それともわたしたちが未熟だったのかはわからない。

 彼の正体を見抜けなかったことが口惜しい気もするし、仕方がないって気もする。

「売女にかかわるすべての連中?それが、皇太子殿下やおれたちだというのか?」

 マリオは、クレメンティ公爵家子息のふりをするのをやめたらしい。

 マリオ(かれ)は、侯爵のことを見抜けなかったことを口惜しく思っているのかしら。

 いいえ。それよりも、一刻もはやく真実を知りたいという気持ちの方が強いのかもしれない。

「あぁ、その通りだ。売女の呪われし子らよ」

 思わず、皇太子殿下とマリオを見てしまった。それから、ヴァスコへと視線を走らせた。

 侯爵以外で何か知っているとすれば、ヴァスコだからである。

 そのヴァスコと視線が合った。

 だけど、彼は両肩をすくめただけである。

 その表情もまた、わたしの表情(それ)同様困惑に彩られている。

 どうやら、その表情に偽りはなさそうである。

 ヴァスコが何か知っているとしても、侯爵の知っていることは何も知らないのだ。

「ロメロ・マルコーニは死んだ」

 そのとき、侯爵の口からそんな言葉が飛び出してきた。

 四人で視線を絡めあってしまった。

「本物のマルコーニ侯爵は、戦争時にわたしが暗殺した。わたしたちは体格が似通っていたし、顔は髭で覆われていた。しかも、本物はよほど人望がなかったらしい。親しい同僚はおらず、部下たちも距離を置いていた。剣の遣い手という噂もかなり尾ひれがついていて、わたし程度でも充分通用した。だから、わたしが本物のマルコーニ侯爵になり代わったとしても、疑われることはなかった」

 衝撃的すぎる。だれも何も口をはさまない。わたしも含め、呆然ときいていることしか出来ないでいる。

 そんなわたしたちの困惑と驚きをよそに、侯爵、いえ、偽侯爵は続ける。

 彼はもともと隣国ヴェッキオ皇国の皇族専属の近衛兵であった。ヴァスコの父親の部下だったらしい。

 だけど、ある女性を好きになってしまったことが、彼を破滅に導いた。

 その女性は、平民出身でありながら皇宮で侍女として働いていた。それはもう美しく、セクシーだったとか。その女性を、現皇帝が皇太子であったときにお手つきをしてしまった。が、その女性が付き合っていたのは、皇太子だけではなかった。彼女は、皇宮内にいる有望株をひっかけては親密な関係を築いていたのである。

 そのうちの一人が、偽侯爵だった。

 そしてあるとき、その女性が身籠り子を産んだ。

 まぁ、あるあるよね。

 だけど、産まれた子は一人ではなかった。

 双子だったのである。

 それをきいた瞬間、またしても四人で視線を合わせてしまった。

 わざわざ確認する必要もない。

 双子の存在についてである。

 それがだれなのか?

 かんがえるまでもない。

 この国でもそうだけど、双子は忌み嫌われる。隣国もそうで、当然どちらかを消さなければならない。

 その女性は、どちらか一人を殺すのに躊躇しなかった。

 新生児の片方、弟にあたる方を彼に押し付けて殺すよう依頼した。

 そして、一人だけ出産したことにした。

 が、その直後にその女性が不貞を働きまくっていることが皇太子にばれてしまった。当然、彼女は新生児と引き離され、皇宮から身一つでほっぽり出されてしまった。

 断罪されなかっただけまだマシかもしれない。そして、新生児を皇子として認めてくれただけまだよかったのかもしれない。

 黒髪に黒い瞳は、異能の持ち主という言い伝えがある。その真偽はともかく、皇太子はそういう言い伝えを信じていたのかもしれない。

 そして、皇太子は皇子を守る為、その女性が付き合っていた男性たちも処断した。

 偽侯爵は近衛兵を除隊させられ、軍人として前線に送りこまれた。

 しかも、ぜったいに戦死するような熾烈な戦いの中に、である。

 一方、彼は押し付けられた新生児を殺すことが出来なかった。自分の子である可能性があるので、育てようととか可愛がろうとかそういう親心的な理由ではない。

 双子の片割れを殺すことで、自分自身に災いがふりかかるのを怖れてのことである。

 それだったら、売ればいい。だから、売って金にかえたのである。

 よりにもよって怪しげな人買いに売ってしまったという。

 とりあえず、金になるからと売ったのだ。

 非人道的、自分勝手ということは別にしても、殺さなかっただけよかったのかもしれない。

 そして、その女性が皇宮を追い出されたときき、その女性のことを捜し出した。

 それから、彼は戦場でロメロ・マルコーニ侯爵の寝首を掻いた。

 どういう汚い手を使ったのかはわからないけど。