「その、誠に言いにくいのですが……」

 そのとき、マリオが口を開いた。

 彼はわたしをチラリと見てから、おずおずと続ける。

「癒しの力があるのは、義妹ではないのです。それがあるのは、もう一人の聖女であるわたしたちの義姉です。もちろん、義妹にもその力はあると思います。ですが、彼女はいまのところはまだそれを使うことが出来ないのです。その証拠に、先程も薬草を塗ったり煎じ薬を飲ませたりしていたでしょう?」

 おおおおおおおっ!
 
 マリオ、ナイスよ。ごまかし方が完璧すぎる。対処が素晴らしすぎて、思わず抱きついてわたしが傷つけたその頬に口づけをしたくなってしまったわ。

 ダメダメ。ダメよ、わたし。

 わたしは淑女。口づけなんて、紳士に求められてからよ。けっして、けっしてこちらから欲してはダメ。

 マリオの聖女レベル、いえ、神レベルの対応に感動してしまったわたしとは正反対に、皇太子殿下はあきらかにショックを受けたみたい。

 マリオの横で、真っ白な顔を伏せてしまった。

 それはそうよね。それこそ、一縷の望みを託してここまでやって来たんでしょうから。

 わたしが原因なのに、他人事みたいに心から気の毒になってしまった。

「あの、ほんとうに申し訳ございません。せっかく足を運んで下さったのに……」

 詫びることしか出来ない。

「いえ。いいのです。わたしが勝手におしかけただけのことですから。これはきっと、運命なのでしょう」

 皇太子殿下は、しばらくの間うつむいてだまっていた。そして、顔を上げてわたしと視線を合わせてから弱弱しい笑みを浮かべて言った。

 やさしい彼は運命のせいにしてくれたけど、結局はわたしのせいなのよね。わたしさえちゃんと癒しの力に目覚め、使いこなせるようになっていたらよかったのよ。

 とはいえ、アヤのその力がどれほどのものかはわからない。

 それこそ、ちょっとしたケガや病を治す程度のものなのか。それともケガや病で死にそうな人を完治するレベルなのか。

 じゃぁ癒すことは出来なくっても、これ以上悪くならないよう、つまり現状維持のままでいられるよう加護の力をふるうというのはどうかしら。

 そんなに都合よくはいかないのでしょうね。

「ところで、マルコーニ侯爵とはどういう関係なのでしょうか?アヤのことは、侯爵からおききになったのですよね?」

 何かいい方法はないかと模索していると、マリオがそう尋ねている声が耳に飛び込んできた。

 そうなのよね。皇太子殿下がわざわざここまでやって来たのは、侯爵が知らせたからよね?

 そもそも、侯爵が隣国の皇太子殿下と知り合いというところに驚きを禁じ得ない。

「マルコーニ侯爵は、わたしの亡くなった父の友人だ」

 そう答えたのは、ヴァスコである。

 なんでも、まだおたがいの国が戦争中だったころの好敵手どうしだったらしい。おたがいの領地が国境に近いこともあり、戦争が終わってからはずっと親交を続けているとか。

 ヴァスコは、そう説明してくれた。

 現在、アレッシ家はヴァスコの長兄が継いで領地を治め、ヴァスコは王族専属の近衛隊の副隊長を務めているらしい。
 近衛隊の慣習で、副隊長は皇太子の護衛を務めるとか。

「いろいろあって、ティーオ様はアレッシ家の領地に静養に訪れていらっしゃる。そこに、侯爵からきみの訪問をきいたわけだ。ティーオ様が病がちということは周知の事実だが、ほんとうの病状を知る者はわずかだ。侯爵もよくは知らない。だが、病がちということと、わが国に聖女が不在ということで、知らせてくれたのだろう。それで、訪問する約束をとりつけたわけだ」

 思わず、マリオと顔を見合わせてしまった。

 そんな話、まったく知らされていない。フツー、知らせるでしょう?なにせ、わたしを尋ねてくるわけだし。

 もっとも、わたしのつぎの勤め先をサプライズで紹介してくれる、というのなら話は別なんだけど。

 それにしたって、一言あって然るべきじゃないかしら?

 それに、もう一つ気にかかることがある。

「今日、ティーオ様みずから訪問されることを知っているのは?」

 その気にかかることを、マリオも気にかかっているのね。わたしが尋ねようと口を開きかけたとき、彼が尋ねた。

 馭者台越しにヴァスコを見てみた。彼はその問いの意味を測りかねているのか、困惑の表情が浮かんだ。

「兄やアレッシ家の者には、せっかくだから泊りがけで湖を見て来ると告げている。きみらが助けてくれた馬車内の二人にも湖を見に行くとしか告げなかった。湖に到着してから、国境を越えるよう命じたんだ」

 彼の答えに、マリオとまた顔を見合わせてしまった。

「当然、侯爵にも伝えていますよね?」

 尋ねたわけではない。確認である。

 ヴァスコは、無言でうなずいた。