「ごめんね。大雨の中大変だけど、あなたたちのご主人が死にそうなの。がんばって馬車をひっぱってちょうだい」

 大雨の中、二頭の馬は辛抱強く待ってくれている。その馬たちの鼻を撫でながらお願いをした。

「ブルルル」
「ブヒヒン」

 わたしの言ったことがわかったのか、二頭は同時に鼻を鳴らした。

 それから、馭者台に飛び乗り出発をした。

 雨は、ますますその勢いを増して行く。 



 アヤの六度目の人生の終焉の地へ向かっている。

 六度目の人生。

 アヤはそれまでのタイムリープの記憶を思い出すのが、それまでの五回のタイムリープ(それ)のときよりずいぶんとはやかった。
 だから、記憶を思い出した瞬間から、彼女は死を回避する為にあらゆる手段を講じた。

 偽聖女の烙印を押され、婚約を破棄されて国外追放となった彼女は、謹んでそれを受けた。それから、幼馴染に殺されないよう、彼が家族や使用人たちを殺害して放置していることを匿名で密告をした。
 ちゃんと国外へゆく計画を立て、移動手段をかえた。その為、宿屋と馬車での移動の際に殺されることを回避出来た。

 アヤは、聖女である前に美しくてやさしくて思いやりがあってかしこくて明るくて、というこれぞ世の男性が望み憧れる理想以上の女性である。

 プレスティ王国の貴族子息だけでなく、近隣諸国の上流階級の子息たちの間では、憧れの的だった。ただ、彼女には婚約者がいた。しかも、その婚約者はプレスティ王国の王太子である。

 彼女に憧れる男性たちが彼女をモノにするには、奇蹟が起って婚約が解消されるか、王太子が死んだり廃子されるのを密かに願うしかない。

 舞踏会の茶番劇は、翌日には噂となって近隣諸国まで駆け巡った。

 アヤの六度目の人生に介入し、結果的に彼女を殺した相手は上流階級の人間である。

 プレスティ王国と隣国ヴェッキーオ皇国との国境の地を治めるロメロ・マルコーニ侯爵。いわゆる辺境伯である。


 大雨の山の中を駆けずりまわり、どうにか解熱と傷に効果のある薬草を見つけた。そして、それらを煎じてマリオに飲ませた。

 彼の命はとりとめたものの、充分な休息と栄養は必要である。

 そしていま、街道を辺境の地へ向かって馬車を進めている。

 マリオは、馬車の中でぐっすり眠っている。容態は安定している。

 雨の影響ですっかりぬかるみ、状態の悪い街道の道を気をつけながら進んで行く。

 六度目のとき、アヤは荷馬車を仕入れた。それでこの国を出ようとした。
 容姿を隠すためにフードを目深にかぶって街道を進んでいると、マルコーニ侯爵の使用人が彼女に声をかけた。どうやら、その使用人はアヤをクレメンティ家に迎えに行ったらしい。しかし、すでにアヤは屋敷を出た後だった。だから、彼女を捜しながら街道をやって来たのである。

 使者は、侯爵の言葉を伝えた。

「是非とも庇護したい。昔、王宮でアヤ(あなた)を見たことがあり、聖女としての彼女をいまでも讃えている」

 そんな感じの内容を、である。

 使者は、さらに言い募る。

「かならずやお連れするよう、主より厳命されています。言いつけを守らなければ、わたしは罰を受けることになります」

 使者は、そう言ってから口を閉じた。

 彼女は、国外追放の身である。だから、その申し出を断った。辺境の地であるとはいえ、国内は国内。侯爵の庇護を受ければ、いずれ彼に迷惑をかけることになる。

 だが、使者はひかなかった。

「マルコーニ侯爵自身も国外追放されているようなもの。辺境の地へ追いやられてからは、すっかりその存在を忘れられている。だから、気兼ねなく来て欲しい」

 彼女は、強引なまでの誘いに折れた。

 やさしい彼女は、自分が断ることで使者が侯爵に罰せられることを怖れたからである。

 その同情心が、彼女自身を死へ誘うとも知らずに。


 わたしはいま、その使者に見つけてもらおうと街道を進んでいる。

 当初は使者に見つかる前に侯爵のもとへ行き、どうにかするつもりだった。

 侯爵は、じつはアヤを妻に迎えるつもりなのである。まぁ、そこはいい。アヤも侯爵のことを気に入れば、辺境の地でしあわせになれたかもしれなかったのだ。アヤなら、辺境の地だけ加護を施すことが出来る。国内の他の地域は大荒れに荒れても、そこだけは平和で静かなときを刻める。

 だけど、侯爵もまた、彼女の幼馴染ブルーノ・ペルティ子爵子息同様頭のネジがぶっ飛んでいた。

 彼女に執着し、全力で偏愛した。

 彼女を長期間に渡って監禁し、精神的肉体的に追い詰めた。

 そんな中、彼女は脱出の計画を練り、準備を進めた。そして実行に移したけれども、小説の筋書きによくあるようにその脱出の計画は失敗してしまった。

 そして、やはり小説の筋書きにあるように激怒した侯爵の手にかかって死んでしまうのだ。