「遠慮なくそうさせてもらうわ。あなたは、どうするの?小説に出てくる殺し屋みたいに、『おれを生かしておいたことを後悔させてやる』とか、『冥府まで追ってやる』とか啖呵を切らないの?」
「ハハハハッ!」

 彼は、大笑いしながらわたしと同じように胡坐をかいた。

 さすがは男ね。すっかり体力が回復している。

「そうしたいところだがね。やめておこう。またきみに命を救ってもらいかねない。ところで、きみは何者なんだ?聖女だときいて依頼を受けるか断るか、迷いに迷ったんだ。しかし、断れば断ったで自分の身に何か起こりそうな気がしたからね。渋々引き受けたんだ。あぁだれの依頼か、なんてことはきかないでくれ。わたしも知らないんだ。とにかくいったん引き受けて、いざとなったらきみを殺したように見せかけてもいいとかんがえたんだ」

 マリオ、あなたはわたしよりもずっと利口だわ。

 なぜなら、わたしはその依頼を断ったお蔭であなたを差し向けられ、死力を尽くした後に捕まって処刑されたんだから。しかも、冤罪でよ。

「だが、蓋を開けたらどうだい?相当な暗殺術の使い手じゃないか。だからつい、きみが聖女であることを失念して本気を出してしまった。殺したふりをする?とんでもない。わたしが殺されるはずだった」
「詮索をされたくないんだけど……。マリオ、あなたもよね?あなた、何者なのって尋ねたいわ。きっと、マリオ・オッシーニというのも偽名なんでしょう。あなたは、ただの暗殺者じゃない。もちろん、伯爵家で馭者だったわけでもないだろうし」

 そうやり返すと、彼のワイルドな美形にいたずらっぽい笑みが浮かんだ。

 意外にも、可愛いと思った。

「それはそうと、どうしてわかった?」

 やはり、彼は素性を詮索されたくないのね。話題をかえてきた。

 何を尋ねて来たのか、すぐにピンと来た。

 じつは、わたし自身の前世での彼との戦いで気がついたことがあった。

 彼は、左目が見えていないか弱視だということに。

 彼はそれを克服するため、左側からの攻撃に備える鍛錬を行った。それはもう、わたしが想像出来ないほど努力を重ねたに違いない。だからこそ、まったくそうと気づかせぬまでになった。

 彼に左からの攻撃はいっさい通用しない。

 だけど、左に備えすぎて右側からの攻撃に対する防御、それから相手の左側への攻撃がじゃっかん弱い。

 前回、ほんとうにたまたまだった。そうと気がつけたのは、それこそ聖女レベルの奇蹟である。

 先程のわたしの最後の()は、それを活用したにすぎない。

 だけど、それを告げるつもりはない。

 いずれにせよ、彼にそれを告げたところで信じるわけがない。

「さあ、ただなんとなくよ」

 だから、そうごまかした。

「じゃあ、馬を使わせてもらうわね」

 ソロソロと立ち上がってみた。

 ありがたいことに、ふらついたりせずにしっかり立ち上がれた。

「あなたも早くここから去った方がいいわよ。っていうか、この国から出た方がいいかもしれないわね。この国、これから荒れるわよ。なにせ、本物の聖女様の加護が失われたのだから。護られていたものが護られなくなってしまった。この川がいい例よ。この国は、これからこの川以上の災害や災厄に襲われ続けることになる」
「怖ろしい話だな。忠告、ありがとう。そうするよ。それで、きみはどこに行くつもりなんだ?隣国の自分の家、というのは嘘なんだろう?」
「ええ、そうね。あなたも、おかしな人ね。わたしたち、ついさっきまで殺し合いをしていたのよ。どこに行くのかってきかれて、『はい、どこそこです』って素直に答えると思う?」
「ああ、そうだったな。すっかり忘れていた」

 距離は保ったまま、視線が絡み合った。

 そんな他愛もない話などせず、さっさとこの場を去ればいい。

 マリオとは二度死力を尽くして戦った。その彼ともう二度と会うことはない。

 正直なところ、わたしとしては彼とはもう二度と戦いたくない。

 かろうじて殺されずにすんだ相手である。つぎは、どうなるかわからない。いまは奇蹟を起こせるアヤという聖女の体に憑依し、その彼女の魂と精神と同居している。だけど、彼女が起こせる奇蹟にもかぎりがあるにちがいない。

 つぎにやり合ったとき、彼のナイフに斬り裂かれてもおかしくはない。

 そして聖女としてだと、さらに彼に会う機会はない。

 聖女と暗殺者は、まったく異なる世界で生きているのだから。

 生と死。陽と陰。正義と悪。創造と破滅。

 どれをとっても、この二つの存在は真逆である。