「レディ。わたしはマリオ・オッシーニと申します。以前、某伯爵家で馭者を務めておりました。この連中を雇うとろくなことはありません。わたしの馬車をご覧ください。馬車からして、この連中とは違っているでしょう?疑うなら、以前の勤め先を教えますので照会してもらっていいですよ」

 傷あり美形は、そういって二頭立ての馬車を指さした。

 たしかに、他の連中の馬車と比較すれば、ずっとマシな馬車である。

 でもね、傷あり美形さん。

 そういうあんたが、一番ヤバそうなのよ。

 元伯爵家の馭者?照会してもらってもいい?

 ぜったいにするわけのないことを、フツーに言ってくるところがいかにも詐欺師っぽい。
 でも、他の連中と比較すれば、少しは頭のいい悪党だということは認めるわ。

 だからこそ、アヤはすっかりだまされたのね。

 そして、彼女は隣国に向かう道中で彼に弄ばれ、崖から放り捨てられた。

「いいえ。あなたを信用しますわ、オッシーニさん。隣国まで、お願いできますか?」
「レディ、よろこんで。お荷物をお持ちします」

 他の馬車屋たちが舌打ちする中、わたしたちは出発をした。

 こうして、アヤとわたしはやっと王都から去ることが出来た。

 とりあえずは、アヤの五度目の死に場所へ向かって。

 伯爵家の馭者だったというマリオは、口を閉じるということを知らないのではないかというほど喋りまくっている。しかも、伯爵家の馭者時代のことを誇らしげに話している。そのどれもが大嘘なのに、さも本当のことのように語っている。

 アヤは、この大嘘をすっかり信じたに違いない。

 途中、小さな村でパンとチーズと水を購入し、馬車に揺られながら食べた。もちろん、マリオの昼食代も支払った。

 彼が大嘘をつくので、わたしも自分自身のことについて大嘘をついておいた。

「隣国の貧乏子爵の娘なんですけど、訳があってこちらにいる祖父母のもとに身を寄せていたんです。その祖父母が相次いで亡くなった為、実家に帰るところなのです。じつは、その祖父母もお金がなく、医者に診せることすら出来なかったんですよ」

 それから、ハンカチで目尻を拭った。

「それはお気の毒様」

 マリオは馭者台からお悔やみを言ったが、「チッ!金貨は持っていないのかよ。だったら、慰みものにするしかないな」と、心の中でのつぶやきと舌打ちするのをありありと感じた。


 王都を出て、ずっと馬車に揺られている。のんびりしすぎている速度である。

 わたしには、わかっている。

 暗くなるタイミングで山間部に入り、遅くなって確実に人が通ることのない遅い時間帯に崖に達したいに違いない。

 この調子でこれまで馬車に乗せた何十人、何百人もの人を崖に連れて行き、そこで金品を奪ったり犯したりして殺しているのだ。

 窓から景色を眺めつつ、彼の虚言やほら話を右から左へ流している。そうしながら、これからのことをかんがえることにした。

 山間部に入ったのは、推測通り夕陽が沈んでからだった。

 馬車は、ごとごと音を立てながら山道を進んで行く。

 この後崖の近くにたっしたとき、馬車が激しく揺れて車輪が外れそうになるか、馬の一頭が調子が悪くなるかして馬車から降ろされてしまうのである。

 その後は……。

 想像するまでもない。

 彼は、馭者台にランプを灯した。

 それがユラユラと揺れるのを馬車の中から眺めつつ、あいかわらず彼のくだらない作り話が流れてくるに任せている。

 ときおり、水の流れる音がきこえる。

 川の音ね。

 ということは、もう間もなくというわけね。

 窓に顔をよせて空を見てみると、月は雲に見え隠れしている。厚い雲が空を席巻しており、星々は確認出来ない。

 馬車の揺れがひどくなってきた。おあつらえ向きに、石ころが多いのかもしれない。川の音もじょじょに近づいて来る。

 ランプの灯りとほんのわずかな月の明かりで、木々が途切れたのがわかった。

 どうやら、馬車は崖へと一直線に進んでいるらしい。

 アヤが弄ばれて殺される場所に、やっと到着したようである。

 何もかも推測通りだわ。馬車がとまった。

 その少し前から、マリオの口は動いていない。

 実行に移すタイミングを計っていたに違いない。

「すまない」

 彼が馭者台から降りて来て、馬車の扉を叩いた。

「何かあったんですか?」

 こんな暗いところで急に止まってどうしたのかしら?

 そんな不安感いっぱいの表情を浮かべて見せた。

 馬車の窓の下で乗馬用のズボンのベルトにはさんでいる軍用ナイフの柄をなでながら、不安で不安で仕方がないという雰囲気をめいいっぱい醸し出してみせた。