「一枝さん。本当は一夜はなんて言ったんですか?」


「ん?何が?」


「多分。その伝言どうのって話迄、嘘じゃないでしょ?」


そう訊くと、やはりそうなのか、一枝さんはちょっと困ったように口を開いた。


「"ないかな?"って」


「え?」


「いっちゃん、真湖ちゃんに伝えて欲しい事は何もないって」


そうか。


一夜は、私に伝えたい事はなかったのか。


「なんで、笑ってるの?」


私が笑っているのが変だったのか、一枝さんは首を傾げている。


「だって、一夜と付き合ってる時。
毎日私達は一緒に居て。
一夜は、ずーとずーと私を好きだって言ってくれていて。
本当に、こちらが戸惑うくらい私の事を愛してくれて。
だから、もう、ないだろうな、って」

本当に、一夜と一緒に居た時間に、
彼から貰った愛は満ち溢れていた。


「それに、好きだとかそんな言葉は、誰かに伝言して貰うものじゃないから」


直接、一夜が伝えてくれるから、
"好き"も"可愛い"も意味を持つ。


「そうなんだ。
なるほどねぇ」


一枝さんは、納得したように笑っている。



ポツリ、ポツリ、と雨が降り出して。


それは、段々と強くなる。


「予報では、まだ降らないはずなのに」


一枝さんは、空を仰いでいて。


顔に、雨が降り注ぐ。


その横顔を見ていたけど、一枝さんの頬に伝うそれは、雨ではないだろう。


私も、空を仰いだ。


顔に、冷たい雨が落ちて来る。


雨と一緒に、私の涙が流れた。


この空を見ていると、私と一枝さんだけじゃなくて、
一夜も泣いているように思えた。


喜んでるのか、悲しんでいるのかは分からないけど。



(終わり)