日付が変わり、一夜の誕生日になった。


それと同時に、カーナビのテレビを消した。


「ハッピーバースデー、一夜」


もし、一夜が生きていたなら、44歳?


44歳の一夜なんて、想像出来ないな。



"――10年くらいは、真湖ちゃんにとっての忘れられない男でありたいな―――"


10年。


この夜が終われば、私はもう一夜を思う事を辞める。



「あれから何人かと付き合ったよ。
なんとなく、で寝た男も何人か居て」


だけど、みんな一夜程好きになれなかった。



"――今の真湖ちゃんは、ペタンコな靴ばかり履いてるけど。
10年後は、高いヒールの似合う女になってて。
きっと、俺なんかじゃ手に入らないくらい最高の女で。
そんな真湖ちゃんに似合う良い男と、永遠に幸せになって――"


「相変わらず、仕事の時はペタンコの靴ばかりだけど。
休みの時は、ヒールの高い靴を履いてる。
仕事が忙しいから、昔よりも痩せてスタイルが良くなった。
あ、でも、今も胸は小さいけど」


一夜と行った温泉の時の会話を思い出して、懐かしくなる。


時間が経ち過ぎて、段々と自分の記憶が正しいのか分からなくなるけど。


私と一夜は一緒に写真を撮った事とかがないから、
私の記憶の中にしか一夜の姿はなくて。


補正がかかって、三割増しくらいイケメンになっているかもしれない。


これだけ一夜を好きでも、時間の流れには逆らえないのか、
段々と一夜の事で思い出せない事も増えて来た。


あのクリスマスイブの時食べた料理も、どんな味だったか忘れた。


あの温泉の時は、一夜はどんな服を着ていたのか。


どうしても、思い出せない。


だけど、もう一夜の事を忘れて、私は前に進まないといけないから、
思い出せなくて、いいのかもしれない。


一夜は10年くらいは、と言ったので、
今夜をその区切りにしようと決めていた。


「今、付き合っている人に、結婚しようって言われていて、
そのプロポーズを受けようかと、思っている」


その男性は、一夜とは全く違うタイプの男性。


"――32歳の真湖ちゃんは、今よりももっともっと良い女になってて。
その時の真湖ちゃんは、加賀見一夜は、大した男じゃなかったって、きっと気付くよ――"


「今の私には、一夜よりもその男性の方が良い男なんだって、ちゃんと分かってる」


その男性を、一夜よりもいつか好きになろうと思う。


だから、今夜が最後。


そう思うと、涙が流れて止まらなくなる。



願ってしまう。


どうか、この夜が終わらないで欲しい、と。







(終わり)