例えば今日、世界から春が消えても。

｢綺麗だねぇ｣


いつの間にか笑いのツボから抜け出したらしいさくらの声が聞こえ、僕は視線を流した。


正面に座る彼女は、自分の視界に映る全ての景色を余すことなく写真に収めている。


｢よし、冬真君こっち向いてー。はい、チーズ｣


不意にスマホを向けられ、僕はたじろぎながらもピースサインを作った。


｢良い感じ｣


撮ったばかりの写真を確認した彼女は、まるで桜のようにふわりと笑う。

…桜に関する記憶はほぼ薄れているけれど、

桜を擬人化したら、きっと彼女のような美しい人になるのだろうと、そう感じた。



時刻は既に6時を回っているけれど、夏だから空の色は比較的青空が占めている。


それでも。


｢ほんとに綺麗…。私、今すっごい幸せ｣


さくらは窓に鼻をつけながら、心ゆくまでその景色を堪能していて。


そんな彼女を見守っていると、不意にちくりと心が痛んだ。


それはまち針で刺されたような些細なもので、でも痛い事に変わりはない。



何故、神様はさくらを選んだのだろう。


彼女の話を完全に信じた僕には、こんな小さな少女にこれ程までの責任と重圧をかけた神様の魂胆が理解出来なかった。


彼女は、ただ純粋に生きたいと願っただけなのに。


もっと広い世界を見て親の夢を叶えて、青春を謳歌したいと願っただけなのに。