「じゃあねー!」


彼女の小さな手が頭上で揺れているのを見ながら、僕は踵を返してしっかりと歩き始めた。



さくらと話していると、こちらまで元気になれるような気がする。


彼女の明るさは、周りの人…僕のような、闇の中に生きる人を包み込む不思議な力があるのかもしれない。


そんな事を考えていると、後ろから、不意に走行中の車にも負けない程の大声が聞こえてきた。


「言い忘れてたけどーっ!春はーっ!」


「え、」


驚いた僕は足を止め、その場に立ち尽くす。


「春はーっ、すっごーい、暖かい季節なのーっ!」


僕の背中を飛び越えた彼女の声が、光となって降り注ぐ。


「桜はーっ!…泣いちゃうくらいーっ、綺麗な花だよーっ!」



彼女の最後の言葉を聞いた瞬間。


「っ、…」


僕の心に残っていたしこりが、洗い流された感覚がした。


彼女の涙でひび割れたその声を聞けば、一瞬で分かる。



春は、僕が想像していたよりも暖かく、全てを受け入れてくれる優しさを持つ季節で、

僕が毎日写真で見ていた桜は、実際は感動で泣いてしまう程に美しく、可憐な花だという事を。



いつの間にか目尻に溜まっていた涙が、我先にと外界へ押し出される。


それは、僕がずっとずっと知りたかった答え。


そうか、僕が両親と過ごした最後の日は、

どんな季節でも取って代わる事が出来ない程に素敵な季節だったのか。



ぽたり、ぽたりと。


彼女と初めて出会った日、雨粒の様に地面に叩きつけられて死にたいと考えた。


その雨粒を流しているのは、僕自身だ。



死んだと思っていた心が、息を吹き返した気がしてならない。


ごしごしと長袖で涙を拭った僕は、顔を上げて再び歩みを進める。


ありがとう、さくら。

心の中で、ありったけの感謝の言葉を叫びながら─────。