あははっ、と手を叩いた飯野さんは、


「呼び捨てで良いよ」


と、花が咲いたような笑顔を浮かべた。


「っ、分かった」


さくら。

春に咲く花の“桜”。


彼女の名を何度も頭の中で反芻させた僕は、乾いた唇を舐める。



「さくら。改めて、これからよろしくね」


「っ、うん!…あはははっ、やばい、どうしよう!」


語尾に、良い名前だね、と小さく付け加えると、それが聞こえたのか、彼女は手で顔を覆ってその場でくるくると回り始めた。


「やばい、彼氏出来ちゃった!しかも、名前…褒められたのなんていつぶりだろう、」


ああ、そうか。

目が回るのではないか、と心配になる程にその場ではしゃぐ彼女を見守りながら、僕は1人胸にごちる。


彼女の名は、キラキラネームや古代の人名と同じ違和感を持って現代人に認識されている。


僕は何とも思わないけれど、もしかしたら、彼女は今までに幾度も心無い言葉を浴びせられてきたのかもしれない。



自身が春を盗んだ、代償として。



「やばい、ちょっと興奮し過ぎたら目回ってきた…。冬真君、初デートの予定立てようね!後で連絡する、本当にありがとう!」


平衡感覚を失ったのか、斜めに身体を傾かせながらもしっかりこちらを見てきた飯野さん…いや、さくらは、笑顔で僕に手を振ってくる。