例えば今日、世界から春が消えても。

彼女は笑い上戸だと思っていたけれど、実は涙脆いのだろうか。


僕の言葉を聞いた彼女は、今度は片手で両目を押さえながら何度も頷いた。


｢だからっ、…ありがとう…！｣


飯野さんのよく通る声は掠れ、小さく震えている。


泣かないで、と、彼女の背中をそっと撫でながら、僕の脳みそはまるで別の事を考え始めていた。



今まで、僕は毎日のように死にたいと考えていた。

でも今、僕の目の前には現在を精一杯に生きようとする少女が居る。

とてもおこがましいけれど、そんな彼女の偽の彼氏になる事によって、僕はこの世界に自分の存在意義を見い出せると思ってしまったんだ。


こんなの、単なるエゴでしかない。

自分が酷い人間だと、僕が一番理解している。

余命僅かな彼女の願いを叶える事で僕の知りたい事も分かり、それでいて、僕はこの世に生き続ける理由を持てる。

それに、元々飯野さんと僕は“隣の席になったクラスメイト”という関係性だったから、彼女が死んでも僕はそこまで悲しまないだろう。

いつもは恨んでいた自分の俯瞰的な性格が、ようやく役に立つ時がくるんだ。



ごめんなさい、飯野さん。


僕は心の中で、ありったけの声で彼女に謝罪する。


君が春を無くしたせいで僕の心は死んだ上、次は君を利用しようとしているだなんて、

例え死んでも、君に言えるものか。