例えば今日、世界から春が消えても。

難しいね、何言ってるんだろうね、私。

傍から見たらオカルトじみた事を話してはにかむ彼女は、やはり本気の目をしている。


「急に上から目線で頼み込んじゃって、ごめんね。やっぱり今の話、無かった事に」


「良いよ」


「うん。…えっ?」


僕が動きを止めたのを見て、慌てたように手を顔の前でひらひらさせた彼女に、僕は真面目な顔を向けた。


一拍遅れて僕の言葉の意味を理解した彼女が、弾かれたように顔を上げる。


「良いよ。…それで飯野さんの願いが叶うなら、僕は、君の偽の彼氏になる」


「いや、…えっ?本気で言ってる?」


自分で蒔いた種なのに完全にそれを回収しきれていない彼女は、目線をあちこちに飛ばしながら頬に手を当てた。


「本気だよ」


この言葉に、嘘も偽りもあるわけがない。


「だから…持ちつ持たれつ、なら、1つだけ約束して欲しい」


僕は、飯野さんの瞳の奥を覗いた。


そこには満天の星空が映っている。


僕は、短く息を吸った。



「教えて欲しい。…春がどんな季節で、人はどんな感情を持っていたのか。桜が、どんな花だったのか」



願わくば、彼女だけが知る春の全てを、僕に。


両親が居た頃の幸せな思い出を、間接的にでも良いから味わいたいんだ。



「っ…もちろん。全部、教えてあげる…!」