例えば今日、世界から春が消えても。

戻ってきて欲しいと強く願っていた春と、今僕の隣に座っている少女の命。


何にも取って替えられないその2つが、天秤にかけられた瞬間だった。




「いや、…でも君が、本当に来年、その…死ぬ、だなんて、」


その後、陸に上げられた魚の様に口をパクパクさせていた僕が発したのは、途切れ途切れの言葉の泡だった。


「んー、そうだよね。こんなに元気そうな女が死ぬなんて言っても、現実味が無いよねぇ」


だって私も実感湧いてないもん、と、先程まで感情を顕にしていた彼女はあっけらかんと笑ってみせる。


「でも、白血病が再発するのは確実。私の身体の状態は、私が1番分かってる」


大怪我した人みたいに包帯巻いちゃってさ、凄かったよねー!、と、彼女は手を叩く。


その笑い声が、教室中に響き渡って消えていった。


「そっか…」


ああ、僕は本当に情けない人間だ。


彼女の膝から血が止まらない様子を目撃したのに、彼女が白血病の再発の恐れと闘っている事は今までの会話の流れで容易に理解が出来るのに、

何の言葉も、かけてあげられない。


だって、飯野さんはこんなにも元気なんだ。


エマや大和と毎日手を叩いて笑いあって、授業も積極的に参加して、太陽みたいに明るい少女なのに。