例えば今日、世界から春が消えても。

「えっ、?」


涙に濡れた飯野さんの瞳が、驚いた様に見開かれる。


僕が今抱いている感情は妬みか、怒りか、それとも羨望か。



「確かに、君がこうして生きてるのは凄く喜ばしい事だけど、でも」


飯野さんの言う事全てを信じた訳では無いけれど、余命1年もないのは悲しいと思う。

死ぬ前に彼氏の1人くらい欲しくなる心情も、分からなくはない。


けれど、それ以上に。


「春が無くなったせいで、君のせいで…君に、僕は殺されたんだ」



両親が大好きだった季節を過ごす事が、少しでも心の傷を癒す糧になると思っていた。


あの日見た桜を1人で見て、1人で何らかの感情を抱いて。


寂しかったけれど、傍にはいつも両親が居る気がした。


でも今の僕には、両親が持っていたものと同じ感情すら抱けない。


彼らが桜に何を感じていたのか、春に何を委ねていたのか、何も分からないんだ。



両親が居なくなって腕に傷を負った時、僕の中の半分が死んだ。


将来に希望すら抱けず、引き取り先からはゴミでも見る様な目を向けられながらも、必死にもがいて生きてきたのに。


でも、桜の蕾が落ちる光景を目の当たりにして、春に何の感情も抱けなくなった事を悟った時、僕の中のもう半分が死んだ。


君の願いと引き換えに春が犠牲になったのなら、それと同時に僕の心は死んだんだ。