「それでね、9年前に一旦治ったって言われたんだけど実際は治ってなんかなくて、後1年しかないの。血が止まらない事が何よりの証拠で、」


ほら、と、飯野さんは涙を拭って膝を指さした。


…いや、何を言っているのかまるで分からないよ。

彼女の中では、僕に言いたい事を全て伝えて自己完結したのだろうけれど、実際は脈略もないし今の説明では何も伝わらない。

どうしたら、いいんだろう。


「…ごめん、さっぱり分からない」


「和田君」


お手上げ状態の僕の声と、彼女の声が、重なり合った。



「和田君は、私の話、何処まで信じてくれる?」


発言権を手にした彼女は、そんな事を尋ねてきて。


「そんなの、内容によるけど」


そうは言ったものの、彼女の瞳は異常なまでに冷静で、逆に怯みそうになる。


「…とにかく、話してよ」


どうせ授業には遅刻するんだし、少しくらいなら彼女の話を聞いても構わない。


そう判断した僕は、頭を掻きながら近くの椅子に腰を下ろした。


「ありがとう、」


ぐすん、と鼻を啜った彼女は、自らを落ち着かせるように大きく息を吐いた。



「…私」



覚悟を決めたらしい彼女は、俯き加減だった顔を上げる。


その瞳は、僕しか捉えていなかった。






「私、春を盗んだの」






外で鳴く蝉の声が、やたらと大きく僕の耳に響いた。