例えば今日、世界から春が消えても。

右腕の傷跡を誰かに見られる事が、まるで自分の暗い過去を全て晒すみたいで堪らなく怖いんだ。


長袖の布が唯一、僕の黒い部分を覆い隠してくれていた。


「うん、そうするつもり」


数段下に居る彼女は、僕の方を振り返ってふわりと微笑む。


段差のお陰もあって、低身長の彼女がもっと小さく見えた。



と。


「うわ!」


いきなり素っ頓狂な声を上げた彼女の姿が、視界から消えた。


「え!?」


それがあまりにも突然の事で、一瞬心臓が口から出たかと思った。


慌てて視線を下げると、

「いっ、たあー…!」

先程よりももっと下に転がり落ちた飯野さんが、スカートから覗く膝を押さえているのが見えた。


「だ、大丈夫!?」


多分、僕の方を見たせいでバランスを崩して転んでしまったんだ。


階段で転ぶのは、平たい道で転ぶよりも何倍も痛いはず。


飯野さん、僕のせいでごめんね。

心の中で謝罪をした僕は、慌てて彼女の元に駆け寄った。


踊り場に散乱した教科書類と文房具を端の方にまとめ、膝を押さえたままの飯野さんの前に跪く。


「そこ、血出てる?」


「んー、…出てる」


そっと声を掛けると、彼女は蓋をするように膝を覆っていた手を外した。


階段を転げ落ちた時に出来た擦り傷は深くはなく、出血しているけれど心配する必要もなさそうだ。