例えば今日、世界から春が消えても。

「今日は遅かったのね」


家の中は美味しそうな麻婆豆腐の匂いに覆われていて、お腹が鳴るのを感じる。


足音に気を遣いながらリビングに入ると、6つの目が一斉に僕に注がれたのが分かった。


早く視界から消えてあげるから、さっきみたいに楽しく話してろよ。

心の中でそう吐き捨てた僕は、

「ちょっと色々あって」

と、詳細は話さずに会話を終わらせる。


「夕飯作ったから、部屋で食べなさい。洗い物の時間に間に合うように持ってきて」


リビングに立つ叔母は僕の顔を一切見ずに、取っておいた僕の分のプレートを手で押しやった。


こんな冷淡な人と僕の母親が姉妹だなんて、未だに信じられない。


「はい。ありがとうございます」


“冬真”と名前が書かれた箸とプレートを手にした僕は、そそくさとリビングを後にする。


同じ空間に居たはずの叔父と従姉妹からは、一言も話し掛けられなかった。



「はぁーっ、」


2階にある自室のドアを開けた僕は、プレートと箸を机に置き、リュックを床に置いた直後に長く深い溜め息をついた。


こんな息の詰まるような生活を丸11年送って来ているけれど、未だかつて慣れた事がない。


こういう時に思い出すのは、いつだって両親の事だった。


ドアを閉めた僕は椅子に座り、早速叔母の作ってくれた夕飯と対面する。