例えば今日、世界から春が消えても。

「…さくら、」


咲いたばかりの花から目を離さずに、震える声で彼女の名を呼んだ。


「また、会えたね…」


誰よりも可憐で笑顔を絶やさなかった、桜のような僕の恋人。


君は、今頃僕の両親と一緒に1番の特等席で花見を楽しんでいるはず。

ずっと見たかった桜を見て、その小さな身体いっぱいに春を感じて、満面の笑みを浮かべている事だろう。


「桜は、泣きたくなる程、綺麗な花だ…」


遠い昔、彼女が教えてくれた事は本当だった。



最早、この感情は幸せ以外の何ものでもない。


暫く俯きながら涙を流していた僕は、鼻を啜って幻の花に手を伸ばした。


伸ばした右腕の袖が捲れ、あの日の古傷…名誉の勲章が姿を現す。



『ちちんぷいぷい、痛いの痛いの飛んで行けー。向こうのお山へ飛んで行けー』



さくらが唱えてくれたおまじないは、僕の大事なお守りだ。


この傷跡は、君のおかげで痛まなくなったんだよ。

心の中でそう語り掛けた僕は、震える唇を開いてゆっくりと囁く。


「…ありがとう」



僕を生かしてくれて夢を与えてくれて、桜を見せてくれて、ありがとう。





暖かな春風が僕の頬を撫で、


『笑って、冬真君!』


春の光に包まれたさくらの、明るい声が聞こえた気がした。







【完結】