例えば今日、世界から春が消えても。

今まで見てきたどんな色よりも美しく桃色に煌めく小さな花、“桜”。


あまりの美しさに瞬きをするのも憚られ、息の仕方を忘れる。


春風に揺れる桜を見た瞬間、両親との最後の思い出がありありと蘇った。


…そうだ、僕は桜を見て、両親と“綺麗だね”と笑いあったんだ。

僅か2週間しか咲かない奇跡の花を見て、心の底から感動したんだ。

僕を肩車して桜の花に触らせてくれた父親と、それを微笑ましく見つめる母親。


…思い出した。


僕はあの日、何よりも豊かで温かい世界で生きていたんだ。


過去に戻る事は出来ないけれど、あの頃の思い出はもう白黒ではない。

僕の部屋に置かれた色褪せた家族写真に、新たな色と情景が加わった。



ああ、桜はこれ程までに愛おしくて美しくて、儚い花だったのか。


その花を見ているだけで、両親との数少ない思い出とさくらとの青春の日々が思い出され、涙が溢れて止まらない。


唯一春を知っていたさくらの感情が、僕を変わらぬ愛と共に包み込む。

この感動と畏敬の念、そして華やかな桜の風景を、余すことなく目に焼きつけなければ。


後ろからはエマの嗚咽が聞こえてきて、2人も僕と同じ想いを抱いていると確信する。


春がこんなに愛おしい季節だなんて、知らなかった。