例えば今日、世界から春が消えても。

近くには商店街やショッピングモールもあるから、彼女がお気に召す飲食店もすぐに見つかるだろう。


彼女の眩し過ぎる圧に圧倒されながらも頷くと、

「ありがとう!じゃあ、また明日ね!」

彼女は満面の笑みを浮かべ、今度こそ歩道橋を上って行った。



…良かった、これで彼女は今の席でも多少は楽しく過ごせるはず。


僕という存在が、彼女にとって迷惑の種にならなければそれでいいんだ。


階段を上りきった飯野さんの小さな後ろ姿を暫く見つめていた僕は、くるりと踵を返して帰路に着く。


傘に落ちる雫の音が、曲を紡いでいるように聞こえた。







──────────……


「…ただいま」


結局、電車を乗り継いだ僕が帰宅したのは夜の7時を回った頃だった。


本当はもっと早く最寄り駅に着いていたのに、家に帰りたくない気持ちと帰らなければという義務感が闘った結果、こんな中途半端な時間になってしまったんだ。


飯野さんと話していた時は自分の気持ちも多少明るくなった気がしたのに、今の感情は憂鬱以外の何ものでもない。


「おかえり」


靴を脱いでいると、リビングの方から叔母の感情の籠らない声が聞こえた。


室内からは食器の触れ合う音と、既に帰宅している叔父と2歳年上の従姉妹の話し声が聞こえてくる。


…どうせまた、邪魔者が帰宅してきた、と愚痴を吐いているのだろう。