例えば今日、世界から春が消えても。

「どうした?」


何処か遠くを見つめたまま固まるエマを見た大和が、片眉を上げながら尋ねる。


「…ねえ、待って」


何かを視界に捉えたエマの目尻に、みるみるうちに涙が溜まっていく。


そのただならぬ様子に、僕と大和は静かに顔を見合わせた。


「…あのさ…此処の並木って、何て名前の木が植えられてる?」


いきなり投げ掛けられたその質問に、僕は眉間に皺を寄せる。


「知らない。イチョウかなんかだと思ってたけど、何で?」


「違う、…あそこの木に咲いてる花…」


涙を拭ったエマは、誤答を告げた僕の方へゆっくりと身体を向けた。


溢れる涙で光る瞳、興奮気味に上気する頬。

それが意味するものは、ただ1つ。

足元から、身体中に鳥肌が駆け巡った。


「っ、」


彼女の口が動くより早く、答えを見つけた。



“桜だよ”



エマの涙声を背中に受けながら、僕は彼女が見つけた景色へと走り出した。


それはさくらとの思い出の地、歩道橋の脇に生えている木。


今までは青々とした葉を茂らせていたそれが何という名前かなんて、考えた事も無かったけれど。


木の幹には、確かに“サクラ”と書かれたプレートが吊るされていて、

幾重にも広がった枝についた蕾の中に、ぽつぽつと。



「っ……さくら…!」


ずっとずっと夢見ていた光景が、広がっていたんだ。