例えば今日、世界から春が消えても。

ばいばい、と手を振った彼女は、こちらに背を向けて歩道橋の階段に足を掛けた。


リュックに背負われているような彼女の後ろ姿は、やはり何処か可愛らしくて。


「あ、…待って!」


反射的に、僕は彼女を呼び止めていた。


「ん?」


少し雨に濡れた髪を揺らし、彼女は半身をこちらに向ける。


「あの、何て言うか…」


口ごもったのは、一瞬だけ。


「僕、部活入ってないし基本暇だから、…もしこの辺の事が分からないなら、言ってね。案内くらいなら出来るから」


それは、飯野さんが僕に対して抱く印象が少しでも和らいだらいいと思って出した答えだった。


雨音が強まり、トラックが水飛沫を上げながら走り去る。


僕の声は、彼女の所にまで届いただろうか。


でも、そんな心配は無用だった。


「本当!?」


瞬きの間に階段を駆け下りてきた彼女が、キラキラとした瞳で僕の事を見上げていたから。


「私、何でもいいからお腹いっぱい美味しいものを食べたいの!今度連れて行って欲しいな!一緒に食べようよ!」


彼女があまりにも至近距離なものだから、僕は苦笑いをしながら半歩後退りをした。


彼女の性格は、時に明る過ぎて暗闇に生きる僕を飲み込んでしまうようだ。


「分かった。飯野さんがそれで良ければ…」


部活を退部してから暇な時間が増えたせいで、この辺りは良く散策していた。