例えば今日、世界から春が消えても。

彼女の名を、泣きたくなる程に美しいと言われた花の名を、口にした直後の事だった。



「…っ、」


僕の手の中にある彼女の手が、微かに動いたんだ。


「サクちゃん、?」


僕の様子が明らかにおかしいことに気づいたエマが、枕元に駆け寄って僕の背後からさくらの顔を覗き込む。


さくら、起きて。

最後に、君の溢れる笑顔を見せて。


僕の願いに対する彼女の反応は、確かに大きくなっていく。


手がピクピクと動き、その力は段々と強くなり、

ついには、僕の手を握り締めた。


「さくら、」


奇跡に気がついた彼女の両親が、愛する我が子の名を呼ぶ。



そして。


「っ…!」


まつ毛が震え、さくらの目がゆっくりと開いたんだ。


「さくら、さくらっ!」


彼女の母親が、ケーキの存在も忘れて愛娘の元に駆け寄る。


久しぶりに見た外の世界は眩しいのか、彼女は最初だけ眉間に皺を寄せたものの、

次の瞬間にはもう、彼女の目は僕達の姿をしっかりと捉えていた。


「起きたのね…。お誕生日おめでとう、さくら…!」


さくらの母親は酸素マスクなど気にせずに彼女の頬に両手を添え、嬉しさから涙の溜まった目を細めた。


「さくら、お前の彼氏さんとお友達が部屋を飾り付けてくれたんだ。…こんな素敵な人達に恵まれて、本当に良かったなあ…」