例えば今日、世界から春が消えても。

彼女の身体が限界を迎えている事など、とっくのとうに分かっていた。

でも、最後の最後に奇跡を信じたくて。


「さくらの胸元の辺りにケーキを置けば、まるであの子が持っているように見えるんじゃない?」


「なら、私が写真を撮ってあげますよ。お父さん、カメラを貸して下さい」


「良いんですか?では、遠慮なく…」


さくらの両親、そして主治医の声を聞きながら、僕は愛しい彼女の耳に口を寄せて囁いた。



「皆居るよ。…だから、起きて」



酸素マスクを付けた彼女が規則正しいリズムで呼吸しているのを感じながら、僕は心の底から呼び掛ける。



皆、君の笑顔が見れるのを待ってる。


だから、数分で良いから、

「お願い、さくら。…僕の声、聞こえてるよね?」

起きてくれ。




「それじゃあ、撮りましょう。2人は冬真君の隣に立ってくれるかしら?…って、冬真君?」


さくらの母親の怪訝そうな声が、遥か遠くから聞こえる。


「…ちょっと、待って下さい」


規則正しい心臓の鼓動を示す心電図、温かな体温、瞑られたままの両目。


掠れた声をあげた僕は、ゆっくりと彼女の両手を握った。


この声は、絶対に彼女に届いているはず。


僕は、深い眠りの底から君を連れ戻す蜘蛛の糸になってみせる。


「…さくら」


もう一度、はっきりと。