例えば今日、世界から春が消えても。




「もっと右!…違うってば…あ、そこ!」


花瓶に水を入れ終えた僕が病室に戻ると、室内は一段と賑やかに、そして華やかになっていた。


丸椅子の上によじ登り、いつの間にか膨らんだ1と7の形の風船を配置しているのは大和で、それを遠目から見物しているエマが辛口な口調で修正を入れている。


此処が個室なのと今日が誕生日という事も相まって、多少騒いでも皆が目を瞑ってくれている。


「飯野さんも、こうして誕生日を祝って貰えて嬉しいでしょうね」


エマの大声を聞き流し、病室の入り口で微笑みながらそう言っているのは彼女の主治医と思われる先生で、

「さくら、今年はしっかりお前の姿を写真に収めてやるからな」

10年前は出来なかった事を実現させようと早くもカメラを首に掛けた彼女の父親は、さくらの枕元に立って彼女の額を愛おしそうに撫でている。


「わざわざ花束を持ってきて頂いて、本当にありがとうございます」


「いえいえ。さくらちゃんの喜ぶ顔が見たかっただけですので」


窓際では、さくらの母親と何度か顔を見た事のある看護師が身を寄せ合ってそんな話をしていて。



…見て、さくら。

2人の横をすり抜け、可憐に咲き誇るガーベラの花束を花瓶に生けながら、僕は心の中で彼女に呼び掛ける。


こんなにも沢山の人が、君の誕生日を祝ってくれているんだよ。