例えば今日、世界から春が消えても。

「いえ、…」


こうして褒められる事なんて無かったから、とっさのことにどう反応して良いか分からない。


それに僕の方こそ、さくらのように笑顔を絶やさない彼女が居てくれて幸せなんだ。


ただ首を振る事しか出来ない僕を見たさくらの両親は、全てを理解していると言わんばかりの優しい瞳を僕に向ける。


「私達は、先生の所に寄ってから病室に向かうわね。また後で会いましょう」


「はい」


軽く会釈すると、2人は僕に小さく手を振って廊下を歩き始めた。


その後ろ姿を黙って目で追いかけていた僕は、何だか居たたまれない気持ちになる。


2人の背中は、大の大人とは思えない程に小さくて、疲れ切っているようにも見えたんだ。


それもそうだ、自分の子供が生死の狭間に立たされているこの状況で、ああして気丈に振る舞っているだけでも尊敬に値するのに。


幼い頃から闘い続けた病気が再々発してしまった事を知った時の彼らの悲しみと絶望は、想像も出来ない。


水道の方へ歩みを進めながら、僕は自分の右腕の傷を無意識になぞった。


さくらの両親の心の痛みは、僕の傷跡なんかよりもずっと深くて長いものなのかもしれない。


そんな事を考えただけで、胸が締め付けられるように苦しくなった。