例えば今日、世界から春が消えても。

さくらは、瞳を横に動かすか瞬きをするかでしか自らの意志を伝えられなくなってしまったけれど、その目を見れば伝わった。


彼女が、

『聞いてたよ』

と言っている事くらい。


「そっか…そうだよね、さくらが僕の話を聞かないわけないもんね」


『当たり前でしょう?冬真君は私の大好きな彼氏なんだから』


小さくなった顔の半分近くは酸素マスクに覆われているのに、彼女は目だけで笑顔を作ってみせる。


笑顔の代名詞のような存在の彼女を見ているだけで、胸が熱くなって。


「…良かった。さくらが起きたのを見れて、本当に良かった…」


彼女みたいに笑いかけたいのに、何だか上手く笑えない。


『冬真君の声が聞こえたから、起きなきゃと思って』


「…そうやって、可愛い事ばっかり言って」


君は、僕を照れさせる天才だね。

頬が赤くなるのを感じて、僕は慌てて話題を変えた。


「そうだ、さくらのお母さんが来てたよ。花瓶の場所を聞きに行ってたから、もうすぐ戻って来るんじゃないかな?」


さくらが、パチパチと瞬きを繰り返す。

知ってるよ、とでも言いたいのだろうか。


「さくらのお母さんが戻ったら、僕は帰るね。…また、来るから」


あまり長居をすると、彼女の体調に負担をかけてしまうかもしれない。


そう判断した僕は、大好きだよ、と、さくらの手を優しく握り締めた。