例えば今日、世界から春が消えても。

幼稚園の時には水泳も習っていたし、両親と海に行った事もあるから泳げない事はない。


でも、今は右腕の傷が顕になるのが嫌で、滅多にプールには入っていない、って?

1人だけラッシュガードを着ると周りから浮いているみたいだから、何かと理由をつけて見学している、って?



でも僕達はまだ、こんな事を軽々しく言える様な仲ではないから。


空いてしまった間を埋めるように笑った僕は、口を開いた。


「得意じゃないけど、泳げるよ」


と。


「わーお、バタフライとか出来るの?」


「一応」


プールを見て満足した様子の飯野さんは、興味津々の顔つきで質問してくる。


そんな上手くないけど、と付け加えた時、

「…!」

ズキン、と、右腕に鈍痛が走ったんだ。

雨のせいだ、しかもこのタイミングだなんて最悪でしかない。


僕は下唇を噛み締め、後ろ手で左腕をぎゅっと掴んだ。


痛みには痛みで対抗するのが1番だと、今までの経験から学び済みだ。


「バタフライってさ、泳ぎ方がイルカみたいじゃない?泳ぎが跳んでるみたいに軽やかでさ」


僕の左隣で階段を降りている彼女は、無邪気な顔をこちらに向けてきた。


ああ、君はきっと、今まで何の痛みも苦しみも感じずに生きて来たんだろうな。

彼女の表情が、雰囲気が、無垢で純粋だと教えてくれている。