「昨日から梅雨入りって、例年よりちょっと早くない?暑いしジメジメするし、湿気で前髪は崩れるし…」


「ほんとそれな」



4月10日、天気は雨。


わざわざ僕の席までやってきて需要のない話をし始めたエマこと中村 恵麻(なかむら えま)、それに顎が外れる程激しく頷いて同意の意を示した椿 大和(つばき やまと)の声を聞き流しつつ、僕はぼんやりと窓の外を眺めた。



因みに、僕ー和田 冬真(わだ とうま)ーの心にも雨が降っている。


雨は、嫌いだ。




4月に梅雨入りなんて、百年前に生きた人が知ったらどう思うのだろう。


天地がひっくり返ったとか、神が怒っているとか、大災害の予兆だとか、そんな風に大騒ぎをするのかもしれない。


まあ、“春”を知らない僕にとって、そんな事はどうでもいいのだけれど。



窓から見える雨は、ただの梅雨のくせに台風並みの大雨で。


兎の様に跳ねて落下する水滴の一粒一粒が本当に生き物だったら、地面に叩き付けられた瞬間に即死だろう。



『…とう、ま…──────』



不意に誰かの声が聞こえた気がして、右腕の古傷が疼く。


僕は、無意識に左手で右腕を庇う様に覆った。



「ねえフユちゃん、聞いてるの?」


その瞬間に聞こえてきたエマの怪訝そうな声に、はっと我に返る。


「ごめん、何?」